「そうじゃなくてもあんた」
英美がまだ言いたそうなところで零美が続けて、ねーねーねーねーと言い出した。
「ママー、でぃーぶいでぃー見ていーい?」
英美がいいよというと、零美はうれしそうにイスからジャンプしてソファーに戻り、タブレットをタップした。
「あ、そっか今の子はもう最初からタブレットなんだね」
「そうなの。時代が違うよね。あんまり長時間見せないようにしてるんだけど、見てる間は楽しそうで大人しいから、つい、ね。最近は大変よ、大人の会話に入りたがって、ねーねー攻撃がすごくて。旦那としゃべってても、ねぇねぇ、だし電話してても、ねぇねぇ、洗濯物干してても部屋の中から、ねぇねぇ、ってずっと」
イヤイヤな口調なのに表情はどこか嬉しそうだ。
「あ、そうだ、ゆっくり料理してるから、あとで零美を東急に連れていってあげてくれない?」
「え、東急? 何? 買い物?」
「駅前に東急プラザあるでしょ? 」
「なにしに? れみが喜ぶようなのあったっけ?」
私が天井を見て何かあったっけ? という顔をすると、英美が、あーやっぱり忘れてるーと呆れた顔をした。
「もうーすぐ忘れちゃうんだから。昔子供の頃によく行ったじゃない。屋上にパンダの乗り物があってさ」
「あー、うーん? あったっけ?」
「あったじゃない、ほら、100円でのっそのっそ動くパンダにまたがるやつ」
「あぁー、なんか記憶にあるようなないような」
「あーあー、お母さんたちそれ聞いたら悲しむだろうなぁー。あんたが小学校でイヤなことあった時とか、テストの点数悪い時とか、しょっちゅう連れて行ってもらってたのに」
「うーん、あれかな? イチゴ逆さまにしたみたいな観覧車があるとこ?」
「そう!そうよ! でもイチゴじゃなくてチューリップみたいなやつ」
「そうだっけ?」
「そうよー。零美もね、好きなの、連れてってあげて」
「いいけど、まぁだあるんだ、びっくり。私が小学生なんて25年以上前じゃない? ほんとにあるの?」
「あるのよ〜。昔ながらのものがちゃんと残ってるのが蒲田のいいところじゃない? あんたもこのへんに戻ってきたらいいのに。そんな東京の向こう側みたいなところにいないでさ」
「いい街だとは思ってるよそりゃ。でも最近東急って聞くと、銀座の東急プラザ思い出しちゃうくらいには昔のこと忘れてる」
「やだ〜、そんなジャージみたいな格好してるくせに」
「やだぁ、1日中部屋着で過ごす人に言われたくないー」
そう言い合いながら、2人で笑った。