(よく分かんない・・・でも、たしかに、同じ人にわたしも会ったことがない。なのに、同じじゃないとイヤなんて、へんかも)
「香澄ちゃんはまだ小学生だけど、これから中学、高校、と進んでいくにつれ、知恵と知識を身につけていくと思う。でも、それはさ、周囲も同じなの。すると、どうしても他人との『差』に気づいてしまう。でもさ、何かの才があるとか無いとか、そんなの他者の評価は、ただのフレームであって、それ以上でもそれ以下でも無いのよ。額縁は後から、他人が勝手につけたもの。まぁ本人がつける事もあるけど、基本後付だよね。メインは絵画そのものでしょ?だから、香澄ちゃんは額縁なんかに振り回されないで。自分自身を強く持つの。私はこうなんだって、相手から何を言われても折れない芯を持っていなきゃ。そうじゃなきゃ、もうね、ボッコボコにされちゃうよ」
熱弁を終えた後の彼女は、とても満足そうで、頬なんてすっかり紅潮していた。
(おもしろい人だな。今日会ったばかりなのに、今まででいちばんわたしと話をしてくれている。こんなにもたくさん話をしてくれたの、おばさんが初めて)
実の父は、子供が嫌いだと、私にほぼ接しないまま去っていった。母は、新しいお父さんに好かれたくて、私の存在は無視していった。お父さんは、私をこの地へ追いやった。学校の先生達は、両親を嫌厭しており、彼らから何か言われるのを怖れ、私を煙たがっていた。クラスの子達は「あの子と関わっちゃ駄目」、そんな風に親から言われていたのだろう、喋り掛けてくれる子は殆んどいなかった。私は、ただ黙って大人しくしていれば、可能な限り存在を消していれば良い、それだけの存在だった。
「あ、ねぇねぇ」
叔母の声に、ハッと我に返る。
(あれ、明るい?!あ、そっか、ここデパートだった)
私はそれまで気付いていなかった。自分や周囲について考えて居るとき、暗闇に身を委ねていた事を。光というものを、叔母の存在を知って、初めて自分が暗闇に居た事が分かったのだ。
「屋上にさ、観覧車があるの。ねぇ、一緒に乗らない?」
やはり私はただ頷く。しかし、首はいつもより大きく動かしていた。
自動ドアが開いた瞬間、暖かく柔らかな風にわっと体が包まれた。
(わぁ、気持ちいい)
「ここさ、屋上で遊べるのよ。最近こういう場所が少ないから。私、ほんとここが大好きでさ」
真っ先に目を引くのが、一番奥にある観覧車。更に、乗り物に、遊具。咄嗟に走り出してしまいそうになり、慌てて足を止め、叔母の顔色を伺う。
「ね、気持ち良いでしょ。今日は天気が良いし、あったかいね〜」
(この人なら、走ってもおこったりしなかったのかな・・・こんど、走ってみようかな)
うんと伸びをして、叔母が空を見上げる。私も真似をして空を見上げた。まだ幼い私には、東京の空は遠く、どこまでも広く、そして、孤独感を与えるものだった。
(名古屋と全然違う・・・ここの空は知らない)
「・・・東京って、くもがあんなに速く動くんだ」