「でも、これからは一緒に住むんだから。いつでも案内出来るね。いやさ〜、実はすっごく久しぶりに兄貴から着信があった時、正直面倒臭いから無視しようかと思っていたの。でもさ、虫の知らせってあるんだね。何となく出た方が良い気がしてさ。そうしたら、開口一番、香澄をお前の所で預かってくれ、でしょ。いきなり過ぎてビックリしたけど、でも、やったーって思ったのよ」
「?」
今でも稀有な存在だと思うが、当時の私にはもっと理解し難かった。正直、叔母と話すのはあの日が初めてだったし、お母さんの結婚式に(式と言っても、小さなレストランを貸し切っただけのごく少人数のもの)来てはいたが、お父さん、つまり叔母さんにとっての兄が酔っ払ってすぐに追い返してしまったので、顔もろくに合わせていなかった。要するに、全くと言っていい程に面識が無かった。しかも、血の繋がりも無い子供を突然面倒を見ろと言われたら、普通なら断固拒否するか怒るに決まっているだろう。
(変わった人だな。もし、私がすごくいやな子だったら、どうするんだろう)
「私、ずっと一人暮らしをしていてさ。知っていると思うけど、うちは両親が居ないから。施設を出てから、ずっと一人でね・・・高校卒業後だから、15年近くなるのか。そろそろ、誰かと住んでみたいなーって、ちょうど思っていた所だったのよ。これはまさに、運命だね!」
「・・・はぁ」
「いやぁ、これからは毎日おはようが言えるのか。楽しみだなぁ〜、こうやって一緒にお散歩も出来るし。今日から一人じゃ無いんだ、そうやって考えると凄い、凄いな」
一言一言、声を発する度に、彼女の全身から喜びが滲み出て見えた。
(すごい、そんな風に思えるんだ・・・そう言えば、最近お母さんとお父さんにおはようなんて言ってなかった。リクの事なんて、見ないようにしていた。わたし、一人じゃないのに、独りぼっちだった)
「そうだ、私さ、人と暮らす事に不慣れだから、多分凄いマイペースだと思うの。あ、これは元々の性格でもあるんだけど。だからさ、少しでも気になったり、嫌だった事はすぐ言ってくれないかな。直せるところは直すし、もし直らなかったら、そん時は、ごめん」
パンと両手を顔の前で合わせる。何故、これから世話をしてあげなきゃいけない子供相手にお願いをするのか。子供は大人の言うことを聞かなくてはいけない存在なのでは?しかし、そんな疑問符はすぐに彼女が打ち消してくれた。
「あ、そうだ!大事な事を言い忘れていた。香澄ちゃんさ、最初にお世話になりますって言ってたじゃん。世話になる、そんな風に思わないで欲しいな。だってさ、世話なんて言い出したら、生きている人間、みんな誰かの、何かの世話になっている訳よ。当たり前なのよ。そんな当たり前の事をわざわざ言う必要ないでしょ。えーっと、そうだな、例えばさ、私、地球に住んでいるんです、なんて言われたら、はぁ?ってなるでしょ。殆ど全ての人間が地球で生きているでしょ。いや、寧ろ地球に居ないんですって言われたら、そっちの方がビックリだし。まぁ、かなりぶっ飛んだ話になっちゃったけど、つまりは、一緒に生きていくって事は、お互いフィフティフィフティ、世話になったりしてみたりって事よ。誰かと共に暮らすって、相手が大人だろうが、子供だろうが、女だろうが男だろうが、自分がどれだけの器量がある人間なのかが分かる、とても良い環境じゃないかな、ってここ数日考えていたの。だから、香澄ちゃんを通して、どんどん自分の良い所と悪い所探しをしようって思ってさ。ほら、こうやって考えたら、香澄ちゃんが私に世話になる所か、私の方がお世話になります、でしょ」