「私、死にかけてるの!?」
「ウチはね、アンタのひいじいさんの代まで造り酒屋だったんだ。DNAに刻み込まれてるんだろうね、アンタもご他聞に漏れず大酒飲みでしょう?」
翔子はハタと思い出す。昨晩、十年以上同棲していた男に追い出されてヤケになり、朝まで痛飲したことを。
「力道山先生との腕相撲に勝てば復縁できる、今から池上本門寺だ!」
泥酔してわけの分からないことを言い出した翔子は、制止する友人を振り払った勢いで蒲田行進曲の銀ちゃんこと風間杜夫、いや、代役の平田満よろしく居酒屋の階段から落っこちて後頭部をしたたか打ち付けた。友人に促されるまま病院にゆくと、流血しているにもかかわらずお年寄りたちが席を譲ってくれなかった。仕方ないので実家まで徒歩で帰ったのだ。
翔子はそっと後頭部を触り、その手を見て、ヒッと声を上げる。
恵奈はクスクス笑う。
「実家に帰ったのは魂だけで、体は集中治療室だよ」
あの世に行かなければならないと分かったとたん、屋上から見晴らせるいつも通りの、生まれた頃からさほど変わらない、何の変哲もない、祖父母や両親、妹、ガタ、自分を追い出した彼氏が暮らしてきた、そしてこれから誕生する新しい命が暮らしてゆく街が愛おしく見えて、翔子はその目に焼き付けようと柵にすがりついた。
ぱん、ぱん、と恵奈が手を叩く。
次の瞬間、翔子は恵奈と観覧車に乗っていた。
「こんな能力があるなら電車に乗る必要なかったじゃん!」
「天辺に着いたら、せーので立ち上がるよ」
「ちょっとタイム! もう少し街を見せてよ!」
翔子の願い空しく、観覧車はあっという間に一周する。
係員がゴンドラを開ける。
中には恵奈と翔子の姿なく、今頃は三途の川を船でプカプカリと浮いているはず、だった。
二人はがっつりゴンドラに乗っている。
「でしょうね、でしょうね」
小刻みにうなずく翔子をよそに、恵奈が神妙な面持ちになる。
「甥っ子ができるんだったね?」
「姪っ子」
「このままだと死産だね」
翔子はギョッとする。
「出て行く者がいれば入って来る者がいる。翔子の命と引き換えに新しい命が誕生することになっているんだねえ」
「そんな! 私の命とこれから産まれる命が両天秤に……」
翔子が言いかけると、ぱん、ぱん、と恵奈がまた手を叩く。
翔子は恵奈と総合病院にやって来ていた。