健司は持っていたナイフとフォークを皿に置き「本当に、来てくれてありがとうございます」と、また深々と頭を下げた。
「もう、そんな、いいですよ。それに、私はおばあちゃんの代理人だし。それにおばあちゃんからも『今日は待ちぼうけになるかもしれないよ』って、謝られてるんです。なんだか謝られてばっかりで申し訳ないので顔をあげてください」春菜はあわててそう言った。
「でも、なんで屋上プラザなんかで待ち合わせにしたんでしょう? 数年前には立て直しがあって閉鎖されていたし……。その時期に待ち合わせの日がなくて良かったですね」笑いながら春菜がそう言うと、健司もつられて笑顔になった。
「ふたりで観覧車に乗るのが、夢だったみたいです」
「観覧車、ですか?」春菜は不思議そうに、健司に訊ね返した。健司はこくりと頷きこう続けた。「結婚の約束をしていたときに、ちょうどここが建設中だったそうです。屋上に遊園地ができるって当時、話題になっていたみたいで。出来たらふたりで観覧車に乗ろうって約束していたそうです。でも、結局遊園地がオープンする一ヶ月前にふたりは別れ話をすることになってしまったと、じいちゃんは言っていました」
祖父との会話を思い出しているのか、健司は時折すこし、遠くを見るような目をしながら、ぽつりぽつりと話してくれた。
「別れ話のときに、『観覧車にふたりで乗りたかった』って雪江さんが言ったらしくて。五十年も経てば、ふたりともじいさんとばあさんだから、思い出ばなしでもしながら乗ろうって、じいちゃんが言ったら『そんな都合のいいこと言わないで』って雪江さんを泣かせてしまったらしいです……」健司はまたしても、申し訳なさそうな様子で、少し困った笑顔を見せた。
「別れ話をしているのに、五十年も先の話をされても、ねえ……」つられて春菜もすこし、苦笑いをした。
「そうだ、今日おばあちゃんから預かってきた封筒、どうしよう。代理人の島津さんにお渡ししていいのかなあ? 代理人が来る想定はしてなかったから」
そう言いながら、春菜はバッグから封筒を取り出して、健司に手渡した。
「ここで、開けてみてもいいかな?」健司はそう言いながら、受け取った封筒の文字をじっと見つめていた。
「うん。でも、手紙の内容は島津さんだけが読んでください。おばあちゃん、私に知られたくないかもしれないし」
そうだねと言って頷き、健司はぴったりと糊付けされた封筒を丁寧に開けはじめた。封筒に入っていた紙を取り出したけれど、そこにはひとことも文字は書かれていなかった。二つ折りされた便せんを開くと、秋生と雪江の優しい笑顔が納められたモノクロの写真が一枚挟まれていただけだった。
ホットケーキを食べ終え、ふたりとも濃いめのコーヒーを少しずつ飲んでいた。「せっかくだから、僕たちふたりで、観覧車に乗りませんか?」意を決したように、健司は顔をあげて春菜に提案した。
「ふたりの約束は、別れた五十年後の今日、観覧車に乗ることだったと思うので……。ちょっと、恥ずかしいけど、だめですか?」
「……そうですね。私はおばあちゃんから、封筒を届けてって言われただけですど、ふたりの約束があったなら守ってあげたいですね」そういって、春菜はちょっとはにかみながら「なんか、デートみたいで、恥ずかしいですけどね」といって笑った。
会計を済ませ、ふたりは再び屋上のかまたえんへ向かった。屋上は相変わらず風が強かった。