「もし見つけられなかったら、おばあちゃんになんて言おう……」
約束の時間よりもずいぶん早く到着してしまった。バッグの中をのぞき込み、封筒が入っているかを確認するのも、もう何度目か分からない。どうにも手持ち無沙汰で、屋上遊園地の扉ちかくに設置された自動販売機でペットボトルの冷たい紅茶を買った。自販機にもたれかかるようにして、静かに立っていた。緊張しているらしく、思いのほか乾いていた喉を春菜はさらりと潤した。
屋上遊園地には平日にも関わらず、小さな子どもを連れた母親たちの和やかな笑顔があちらこちらにひろがっている。休憩時間らしく、日陰になっているベンチでひとり、お弁当を食べているサラリーマンの姿があった。そうして、その遊園地と、遊園地に来てくれるひとを見守るかのように、小さな観覧車がゆっくりとまわり続けていた。
春菜はおばあちゃんに連れられて、幼い頃に何度もこの屋上遊園地へ遊びにきたことがあった。いまでは「かまたえん」と呼ばれているけれど、春菜が遊びにきていた頃は「屋上プラザ」と呼ばれていて、もっと大勢の子どもたちで賑わっていたような記憶がおぼろげにある。観覧車に乗りたいと、いつも大騒ぎしては、おばあちゃんを困らせていた。
「まさか、おばあちゃんにとって、この屋上遊園地が特別なものだったなんて、全然知らなかったな……」
春菜は小さく呟いて、再びペットボトルの蓋をあけ、口をつけた瞬間にびゅうっと強い風が吹いた。砂埃が立ちあがり、春菜は思わず目を閉じた。
「春菜ちゃんにね、お願いがあるの」
祖母の雪江はそう言いながら、少し身体を起こそうとした。春菜は慌てて、おばあちゃんの背中にクッションを当てがい、楽な姿勢をとれるようにしてあげた。
「テレビの下の引き出しに、封筒が入ってるの。取り出してくれる?」そういって、祖母は病院のベッドの脇に備え付けられた引き出しを指差し、弱々しい笑顔を春菜に向けた。
春菜はベッドをぐるりと回り込み、引き出しをそっと開けた。そこには、簡素な白い封筒が入っていた。しっかりと糊付けされ、表書きには住所は記されていない。「島津秋生様」と、名前だけが祖母のきれいな字で記されていた。
「これ?」
春菜は祖母にその封筒を見せると、少し悲しそうな目をして、祖母は小さく頷いた。
「これをね、届けてほしい人がいるんだけど、お願いできる? 本当はおばあちゃんが行きたかったんだけどね……」痩せて筋張った手で腿の付け根を、悔しそうに何度もさする。春菜は、それほどまでに祖母の悔しそうな様子を見たことがなくて、少しだけ驚いた。