眼鏡屋、洋服屋、八百屋、靴屋、ラーメン屋、大衆食堂、そしてたくさんの居酒屋。四角いガラスケースの中に品物を入れて売っている昔ながらの乾物屋もあって、まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような気持ちになる。
蒲田の街に溢れる活気は、あの頃のままだった。
商店街に漂う香ばしい油の匂いが鼻孔を刺激する。ちょうどお昼時に差し掛かっていたようで、あちこちの飲食店の前には注文を待つ人々の行列ができていた。
そういえば今日は朝から立て込んでいて、ほとんど何も食べていない。そう気づいた途端、今日子のお腹がぐぅと鳴った。
結婚してからこれまで一人で外食する機会など、ほとんどなかった。たまにママ友とランチをすることはあっても、選ぶ店はカフェや落ち着いたレストランばかり。今日子は、とりあえず女性一人でも入りやすいファストフードの店に入ろうと考えた。
でもせっかくここまで来たのだから、母がかつて働いていた中華料理店を探してみることにした。たしか以前、住んでいたアパートの近くにあったはずだ。
記憶を紐解いて辿り着いてみると、かつてそこにあった中華料理店は雑居ビルに建て替えられて、住んでいたアパートはコイン駐車場になっていた。あれから四十年近い月日が流れているのだ。残念だけれど仕方がない。
今日子は気持ちを切り替えると、近くに美味しそうなラーメン屋を見つけて思い切って入ってみた。
「へい、らっしゃい!」
「あの……一人なんですけど大丈夫ですか?」
「そこの空いているカウンターどうぞ」
「は、はい」
威勢のいい店員の声に一瞬怯む。落ち着け、大丈夫。自分に言い聞かせる。すぐにお水を運んで来てくれた店員に、ラーメンと表の看板に名物と書いてあった餃子を注文してみた。
羽根つき餃子の元祖は蒲田だと、以前テレビで観たことがある。
先に運ばれてきた餃子には薄いきつね色の「羽根」がついていて、独特の形状をしていた。胡麻油の濃厚で香ばしい香りが、今日子の食欲をさらに煽り立てる。一口頬張ったら、熱々の肉汁と野菜の香りが口の中いっぱいに広がった。
「熱っ……でも美味しい!」
母の作る餃子も好きだったけれど、プロの仕事はそれとはまた一味も二味も違う。特に水に溶いた小麦粉を流し込んで焼いた「羽根」の存在感は圧巻で、パリパリと音を立てながら食べると美味しさも倍増した。
しっかりと味を覚えて、家に帰ったら家族にも作ってあげよう。いつもの癖でそこまで考えたところで、朝の苦い記憶が甦る。家族の為にせっせと餃子を作っている自分の姿を想像して、慌てて熱々の餃子を飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
代金を支払い、今日子は店を出た。