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『今日子の観覧車』緋川小夏

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 JR蒲田駅で電車を降りた長門今日子は、ホームを歩く乗降客に紛れて深いため息をついた。気持ちの赴くまま一人で電車に飛び乗って、たまたま土地勘のあった蒲田まで来てしまった。
 ふいに今日子は泣きそうな気持になって、慌ててホームに設置されたベンチに腰を下ろした。
(これから、どうしよう……)
 朝から家族と揉めて、つい勢いで家を飛び出してしまった。
 きっかけは些細なすれ違いの積み重ねだった。夫の隆は仕事が忙しく、家にいるときは寝ているかテレビを観ているかで、最近は二人で出掛けることはほとんどない。本当は一緒に映画を観たいし、食事や温泉や旅行にも行きたいのに。
 二十歳になる一人娘の明日香も、学校や趣味のサークル活動に飛び回っている。しかも最近は彼氏ができたらしく、以前にも増して家に寄り付かなくなった。
 今朝も朝食も摂らずに早々と出かけようとしていたので、玄関にいた明日香に声を掛けた。別にこの場で行動を咎めるつもりはなかった。けれども口を開いた途端、つい愚痴めいた言葉がこぼれた。
 すると明日香はふて腐れた表情になって、今日子に「ウザい」と言った。そのまま売り言葉に買い言葉で口論になった。
騒ぎを聞きつけた隆が、パジャマ姿のままリビングから出て来た。
 親子で言い合いをしているのを見て、仲裁に入ってくれるのかと思った。それなのに隆はこれ見よがしに大きなあくびをして、朝っぱらからうるさいだの仲良くしろだのどうでもいいことを呟いて、そそくさとリビングへ戻ってしまった。
 仲裁どころか庇ってもくれない隆のふがいなさに唖然とする。期待した自分が馬鹿だった。寝ぐせがついたままのっそりと歩く後ろ姿を見ていたら、胸の奥がムカムカした。
 今日は、今日子の50回目の誕生日だった。
 この歳になって誕生日を祝って欲しかったわけではない。でも結婚してから25年、家族の為に誠心誠意尽くしてきたつもりだ。それなのに肝心の家族はねぎらいの言葉をかけてくれるどころか、考えているのは自分のことばかり。
 今日子は情けなくなって、これまで押さえつけていた不満を爆発させた。
「もういい、出て行く! みんな勝手なことばっかり。こんな家いらない!」
 玄関ドアのノブに手を掛けた明日香の背中に、今日子は言葉の塊を力任せに投げつけた。
 踵を返して足音を響かせながらリビングに戻ると、隆は新聞を読みながら呑気にコーヒーを飲んでいた。
 テレビのニュースでは、政治家の起こした不祥事を繰り返し報道している。政治家を糾弾する女性キャスターの声と今の逆立った気持ちがリンクして、今日子は泣きたくなった。
 ただならぬ空気を感じ取ったのか、隆は急いでコーヒーを啜って席を立った。そのまま洗面所で歯を磨き、スーツに着替えてリビングに戻って来ると「今日は晩ごはん、いらないから」とだけ言って、いそいそと仕事へと行ってしまった。
「はあ……」
 バタンと玄関ドアが閉まる音を聴いたら体中の力が抜けて、今日子はヘナヘナとその場に座り込んだ。

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