これまで自分がやってきたことは一体、何だったのだろう。胸の内が、むなしさで押しつぶされそうになる。すべて独りよがりの自己満足でしかなかったのだろうか。それだけは、決して認めたくはないけれど。
サイドボードの上に置かれた家族のポートレート。写真の中にいる自分の笑顔と目が合った。幸せそうな家族。でもそれも、はるか遠い昔のことのように感じられる。
小さかった娘は今や成人して好き勝手ばかりしているし、夫は自分を便利な家事ロボットが家にいる、くらいにしか思っていないのかもしれない。
考えれば考えるほど、何もかもが嫌になる。
今日子は朝食の後片付けを手早く済ませると、クローゼットの奥にしまい込んでいた小さな旅行バッグを引っぱり出した。しばらく家には戻らない覚悟で、手あたり次第に着替えを押し込む。
そして家中の戸締りを済ませ簡単な置手紙を書き、化粧もせずに、気持ちの赴くまま家を出た。
「さて……これから、どうしよう」
今日子は駅のベンチに腰掛けて途方に暮れた。
勢いで蒲田まで来てしまったけれど、この先どうしたらいいのか見当もつかない。目の前のホームを人々が足早に通り過ぎてゆく。
ここに座ってから、JR蒲田駅の発車メロディである『鎌田行進曲』を何度、耳にしただろう。三月の風は花の香りを含んで時に冷たく、今日子の体を吹き抜けてゆく。
とにかく行動に移さなければ。そうだ、時間はたっぷりある。今日子は意を決して立ち上がり、改札口に向かってゆっくりと歩き始めた。
今日子が小学五年生の頃、父が心臓発作で他界した。それを機に母と妹と三人で母の実家に身を寄せることになり、それまで暮らしていた蒲田を離れた。それ以来、一度もこの地を訪れたことはない。
だからこうして蒲田まで来たのも、目には見えない力に導かれた結果のように思える。とりあえず今日子は自分が生まれ育った蒲田の街を、一人で散策してみることにした。
かつて職人だった今日子の父は自宅近所の板金工場で働き、母も近所の中華料理屋でパートタイマーをしながら生活していた。
思い出の糸を手繰り寄せながら、懐かしい町並みをぶらぶらと歩く。しばらくすると商店街の大きなアーケドが見えた。
蒲田は典型的な東京の下町で、特に京急蒲田駅までの道は小売店や飲食店がひしめき合っている。それは京急蒲田駅が整然と整備された今でも変わっていなかった。子どもの頃、母や妹と一緒に手を繋いで買い物をした日々を懐かしく思い出す。