「わかんない。でも、ぼくもいろんな人に話しかけられるから、ひとりもあんまりキライじゃないよ」
「すごいじゃないか、ボウズも大人だな。子どもで大人だ。さあ、飲みなよ」
身を乗り出して小太郎くんと喋っていた体を元にもどし、僕のほうを向き直って紹興酒を注いでくれた。「熱いぞ」と、ものすごく熱そうにビンを持っていたので、警戒をしていたけど実際は常温だった。僕は、笑いながらシルバーさんの肩を叩いて、旧知の仲のように突っ込んだ。
紹興酒を飲み始めてからは、本当にしょうもない話ばかりをしていた。小太郎くんが大嫌いだという音楽の先生の大きな鼻の話や、シルバーさんが奥さんを怒らせたせいで、毎晩改札をでてから家まで猛ダッシュしている話、僕が人生で最も感銘を受けた小説の話など、これでもかというぐらいにくだらない話をして盛り上がった。
シルバーさんは、小太郎くんが手を叩いて笑うたびに、嬉しそうにヒザを叩いて笑った。聞けば、子供が大好きだそうだ。シルバーさんには子供がいないけど、「みんなが俺の子供」だから別に寂しくはないらしい。
「子供とあれば、誰の子でも可愛がるよ。可愛がるっていうか、人として向き合ってるだけだけど。俺が偉いとか、そういうことを言ってるわけじゃなくて、俺もいろいろ教えてもらえるしさ。肩肘張らないから、楽チン」
そう言って笑うシルバーさんは、なんだかオシャレに見えた。そう言って屈託なく笑えるのが、単純に羨ましくも思える。
1時間ほどして、小太郎くんが眠くなったからお開きにすることにした。なんだかんだで、まだ21時をまわったぐらいだったが、濃密で少し疲れを感じていた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
「おやすみ。あ、お爺ちゃんの話さ」
「おじいちゃんがどうしたの?」
「さっき言ってたさ、もったいないって話。あれ、なんかわかるような気がするな。誰かと一緒にいられる時間って、過ぎたらずっと戻ってこないでしょ?小太郎くんが、8歳だったっけ、その8歳の君との5月5日12時21分35秒って、お爺ちゃんにとっても君にとっても一生戻ってこないんだよ。その一瞬を無駄にしちゃったから、お爺ちゃんは”もったいない”って言ったんじゃないかな」
「でも、ぼくはしばらく8さいだよ。きょうも、あしたも、8さいだけどね」
「そうだけどね。きっといつか言っている意味がわかるようになると思うよ。いまでも、わかっているかもしれないけど」
「そうかな。じゃあ、もうぼく行くね。またあそぼうね」
そう言って、小太郎くんは手を振って帰っていった。シルバーさんは、小太郎くんがいなくなるまで手を振っていた。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
と、シルバーさん。財布を開いて首を傾げていた。
「1,000円、しかないな」
このオヤジ、と僕は笑った。また今度払うから、とシルバーさんはガハハと笑い、結局僕が3,800円を払うことになった。
「次は再来週ね。ちゃんと手帳に書いておけよ」