と言いながら、持っていたスマートフォンのインカメラで、僕とのツーショットを撮った。小太郎くんのお爺ちゃんが言うほど、スマートフォンも悪くない。普段は使わない空白ばかりの手帳に、とりあえず再来週の日曜日に中華料理屋にくることだけをメモした。会えるかわからないけど、その時にはその時の何かがあるかもしれない。きっとそういうものだ。
手帳をカバンの中にしまっていると、ドン!と、入り口の方から鈍い音がした。驚いてそちらを見やると、シルバーさんがひっくり返って、痛そうにお尻をさすっていた。やっぱり、階段に張り紙をしたところで酔っ払いには関係ないのだ。どうしたって、彼らは重力に従って階段を転がりおちていく。
大笑いしながら、「送って行きますよ」と声をかけた。シルバーさんはバツが悪そうに、でもしたたかな笑みを見せた。
道中、シルバーさんと肩を組んで、歌をうたいながら歩いた。「近いよ」と言っていたわりになかなかつかず、30分ぐらい経ってからおかしいと思って問い詰めると、どうやら全く逆の方向に進んでいたようだった。
「だって、何も聞いてこないから知ってるのかと思った」
とかなんとか、意味がわからないことを言いながらシルバーさんは子供みたいにヒーヒー笑う。結局、家につくまでそこから20分ほどかかった。僕はもう一生送っていかないことを宣言して、二人して大声で笑った。
「じゃあな」
と、イタリア人よろしくハグをしてきたシルバーさんから、おやじ臭さと暖かさを感じてなんとなく安堵感を覚えた。やっぱり僕は、一人じゃない。マンションの階段をフラフラと登っていくシルバーさんが、階段を転げ落ちてこないことを確認してから、僕は少し大きめの声で叫んだ。
「また、会いましょう。もったいないから」
シルバーさんは、振り返らずにしれっと右手だけを挙げた。全く、いいやつと友達になったものだ。