「でも、結婚すると途端に我が意を得たりみたいな顔してさ、相手のこと思いやれなくなるんだよな。昔なんかの本で読んだけど、太陽がでていないときはすごくそれを待ち望むのに、太陽がでている時には感謝もしないし当たり前だとおもっちゃうやつの話だけど、あれはものすごく滑稽だったね」
オマタセシタア、と店員が餃子を持ってきた。僕は、3人の方に顔を向けずに、正面を向きながらこっそりと聞き耳を立てていた。
「俺は結婚してもう何十年って経つけど、いまでも毎日言ってるよ。愛してるって。だって、今日もしかしたらものすごく酔っ払って、階段から落ちて死ぬかもしれないんだから、後悔しないように全力でいないとさ。なんだってそうだけど、後悔だけはダメだよ」
女の人は、パートナーとシルバーさんを交互にチラチラと見ながら、ほらねと言わんばかりの満足げな顔でチンジャオロースを口に運んでいた。
「でも」
と、パートナーの男性が口を開く。
「言い過ぎると、ありがたみがなくなりませんか?たまにのことだから、価値のあることにならないんですかね?」
シルバーさんは、待ってましたと言わんばかりにヒザを叩いてお箸を二人に向けた。
「それなんだよ。その心意気がダメなんだね。当たり前になったら、もっと違うところでも頑張ればいいじゃん。現状維持はなしにしようよ」
ガハガハと、シルバーさんはビールを飲んでは咳込んだ。
すみません、と店員に声をかけて、僕はもう一杯ビールを頼んだ。人間くささを感じて喜びが込み上げ、僕のビールをあおるスピードも知らず知らずのうちに早くなっていた。でも、この人たちはどんな関係なんだろう?恐らく、ただ近くに座っただけという感じではある。2席空いていることがその証拠、だろう。運ばれてきたビールを口に含んで、再びシルバーさんへの敬意の念とともに乾杯を送った。
視線を感じて左手の方を見ると、小学2年生ぐらいだろうか、こちらを見やっていた少年と目があった。彼と僕の間の空席には、”小太郎”と書いてある帽子がおいてあった。こんな時間に、しかも円卓に一人で座って、どうしてご飯を食べているんだろう。その言葉が、そのままブーメランで自分に戻ってきて、思わずビールを吐き出して咳込んでしまった。
「だいじょうぶですか?」
小太郎くんはあんまり心配してなさそうに聞いた。ありがとう、と言っておしぼりで口とテーブルを拭いた。「どうして一人でいるの?」と、そんなに気にしていない風に僕は聞いた。
「ここが、家だから。夜ごはんはたべたけど、おなかがすいたからラーメンつくってもらったの。お兄さんは?どうしてひとりでいるの?」
「どうしてって、お兄さんもお腹が減ったから。ここの店、よく来るんだよ。お家の人、ご飯つくるの上手だよね。」
「あたりまえじゃん、うち、お店やってるんだからさ。おいしくなかったら、人きてくれないじゃん」
「そりゃそうか。」