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『藤色の、ラベンダー色の、空の、』園山真央

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「だけど、あんなに泣いて欲しがっていたのだから、買ってあげれば良かったとその後すごく後悔したわ。確かにあの頃の暮らしにはあまり余裕が無かったけれど、たった五百円の玩具なのですもの。もし次の日にはあなたがいなくなってしまうと知っていたら、絶対に買ってあげていたのに」
「いなくなった?」
「お母さんが、あなたを連れて家を出て行ってしまったの。当然だわ。お父さんがちっとも働かなかったんですもの」
 加奈子は先ほど、ラベンダー・メリーと名乗る男に「君は小さい頃、この街に住んでいた」と言われたのを思い出した。
「あなたがいなくなった後、買ってあげれば良かった、そればかりを考えて、堪えきれずにすぐにデパートに買いに走ったわ。もしも買ってあげていたら、あなたがこのぬいぐるみと一緒にどこかで暮らしているのなら、私とお揃いの色をしたメリーちゃんを見る度におばあちゃんのことを思い出してくれるかもしれない。そんな風に考えたの。もしあなたたちが帰ってきたらすぐに渡してあげよう、ほんの少し忘れものを取りに戻ってきただけでも良いから、絶対にあげよう――。縋るようにそう考えて、いつでもすぐに取り出せるところにと棚に置いて、結局ずっとそのまんま。だからメリーちゃんもすっかり色あせてしまったわ。お母さんは忘れ物なんて何もしなくて、あなたの写真を全部持っていってしまったから、いつの日からか、このぬいぐるみがあなたの写真の代わりみたいになって、見る度にあなたのことを思い出した。
 ――お父さんも時々、このぬいぐるみをじっと見つめていたわ。私があんまり真剣に見つめるのがいけないのかしらと考えたりもした。孫に会わせられないのを心苦しく思っているのじゃないかって。だけど途中から、そうじゃないって気付いたわ。ある日ね、お父さんがそっとぬいぐるみを撫でているのを見つけたの。お父さんもこの子にあなたを重ねていたんだわ。なにを今さらと思うかもしれないけどね、お父さん、ずっとあなたのことを気にしていたのよ」
 そう言うと、老女は加奈子にぬいぐるみを渡した。加奈子はその色あせてくたびれた人形を受け取った。窓から見下ろすと、男は観覧車のゲートに寄り掛かってあくびをしていた。
「お父さん、あなたたちが出て行ってしまってから、心を入れ替えて働き始めたのよ。私が倒れた後は病院に通って、よく面倒をみてくれてるの」
「倒れたの?」と、加奈子は尋ねる。
「えぇ、今年の桜が咲いた頃。見えるかしら? あの病院よ」
 老女が指差した先に、わずかに街灯に照らされる〈蒲田西病院〉の看板が見えた。
「もうてっぺんね」と老女が言う。
「ここからなら、街全体が見えるでしょう? 私ね、こうやって観覧車にぐるぐる乗って、ずっと街を見下していれば、いつかもしかしたらほんの少しでもあなたの姿が見えるかもしれないって考えたの。それでメリーちゃんに頼んで、毎晩ここに連れて来てもらっていた。だけど凄いわ。メリーちゃんは本当に願い事を叶えてくれたのね。私、すっかり諦めていたのに。だってメリーちゃんはこのデパートの、この街のキャラクターだから、蒲田から出られないのよ。観覧車の私とあまり変わらない。――でも、あなたがこの街に来てくれたのね。良かったわ。そうじゃなきゃ、私たち絶対にあなたを見つけれれなかったもの」
 老女は窓から顔を戻して、もう一度まじまじと加奈子を見つめた。
「本当に、すっかり大きくなったのね。今はもう――、何年生?」

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