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『藤色の、ラベンダー色の、空の、』園山真央

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 夢を見た。玩具売り場で駄々をこねる夢を。自分はまだ二、三歳ほどの子どもで、なにかが欲しくて、ものすごく欲しくて、泣いていた。
 目を覚ますと、目の端から涙がこぼれた。二十二にもなって、ましてや昨日から社会人だというのに、いったいなんという夢を見るのだろう。スマホのアラームが繰り返し鳴っている。止めるのが遅くなったため、心配した母が「加奈子、起きなさい」と居間から声をかけてきた。
「はぁい」と返事をしながらパジャマを脱いで、母が買ってくれた真新しいスーツに着替える。アルバイトで稼いだお金があったので、自分で買うよと言い張ったが、「これがお母さんの買ってあげる最後の物だから」と言って、嬉しそうに母はスーツと名刺入れを買ってくれた。初任給が出たら何を贈ろう。母の日には何をあげよう。小さなアパートの一室で、加奈子は母に育てられた。両親は加奈子の物ごころが付く前に離婚した。母が話したがらなかったので、父のことは知らない。
 トーストを焼きながら牛乳を温めて、流し込むように朝食を終え、何事も始めが肝心だからといつもより念入りにメイクをしていたらすぐに時間になった。「遅れるわよ」と母に言われて、慌てて玄関で靴を履く。
「研修も本社?」
「ううん。研修施設があって、今日から蒲田」
 一瞬、母が眉を寄せたような気がした。けれども履きなれないパンプスから顔をあげると、いつも通りの母だった。
「気を付けて」と母が言う。
「はい。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 アパートから駅まで足早に歩きながら、今朝の夢を思い出す。夢の中で、なんだって自分はあんなにも我儘だったのだろう。なにがそんなに欲しかったのだろう。加奈子は母が自分を苦労して育てたことを知っていた。余計な物をねだったことなんて無いはずだ。にも関わらず、加奈子は藤色のワンピースの裾をつかんで泣きじゃくっていた。薄いワンピースの生地越しに、身動きの取れなくなった足が困惑して立ち尽くしているのが分かった。
 駅。ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗って、途中で一回乗り換える。さらに三十分ほどカタコトと車内で揺られ、やっとの思いで電車のドアから滑り出ると、目的地、蒲田に着く。昨日、本社で入社式をした。これから配属先が発表されるまでの三か月間は蒲田で研修を受ける。
 駅を出ると、「加奈ちゃん、おはよう」と手を振るにこやかな顔に会った。内定式のときに知り合った同期の山崎さんだった。自分を覚えていてくれたこと、見知った顔に会えたことが嬉しく、加奈子の顔も綻ぶ。

 内定式で山崎さんの近くに座り、そのまま仲良くなれたことは加奈子にとってかなりラッキーなことだった。加奈子は人見知りな性質だが、山崎さんは物怖じせず、同期の中にすぐにたくさん友達を作り、その輪の中に加奈子を引き込んでくれた。例えば、入社からしばらく後、会社が設けてくれた歓迎会や、同期の中から幹事を選出しての親睦会など、諸々の飲み会行事がひと段落した頃、同期の女の子たちを集めたお茶会に加奈子を誘ってくれた。

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