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『藤色の、ラベンダー色の、空の、』園山真央

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「俺はこの街から出られないけれども、五十年もこの街を見守っているうちに、いろんなことができるようになったんだ」
「出られない? 五十年? 見守る?」
 男はそれに答えずに、突然加奈子を抱え上げ、高くジャンプした。
「きゃあ!」
 男は高く高く飛び上がる。さっきまでいた商店街が見えた。橋が見えた。団地が見えた。男はぐんぐん蒲田の空を飛んで、最後に高い建物の上の高い金網を越えると、その向こうにすとんと着地した。加奈子が降ろされたのは小さなステージの上だった。きょろきょろと辺りを見回すと、ホットドックやドリンクの絵が描かれたワゴン車があった。その周りを囲む白い丸テーブルと椅子、もぐら叩きやじゃんけんマシーンなど壁沿いに並ぶ古い懐かしいゲーム機、動物の形の遊具、レールの上をぐるりと走る子どもサイズの電車の乗り物、それから、観覧車――。
「デパートの屋上だよ」と男は言った。
三段ほどの階段を下りて振り返り、改めてステージを見る。何故だか懐かしい気がして眺めていると、男が言った。
「君はここで、俺が躍るのを夢中で見ていたよ」
「嘘をつかないでください」むっとして加奈子は答える。
「本当だって」
 証拠だといって踊ろうとする男に背を向けたとき、加奈子は静まり返った夜の屋上遊園地の中で、観覧車だけがゆっくり、ゆっくり回っていることに気づいた。加奈子の視線に気づくと、「あぁ、そうだった」と男が言った。
「行こう。あの中に、君に会いたがっている人がいる」
「人? 人が乗っているんですか?」
「そりゃあ、乗っているさ。観覧車なのだから」
「そうじゃなくて、こんな時間に?」
「毎晩、俺が連れて来てあげてるんだ。この街が見たいって言うから、特別にね」と、男は笑う。
 観覧車のふもとから見上げると、確かにゴンドラの一つ、窓の向こうに人の頭の影が見えた。てっぺんを少し過ぎた辺りだ。
「一周が三分の小さな観覧車だから、すぐに降りてくる。待とう」
 ゴンドラは本当にすぐに降りてきた。男が掛け金を外してドアを開け、身振りで加奈子に乗れと示した。加奈子は躊躇いながら中を覗き込む。藤色のワンピースを着た女の人が座っていた。

 戸惑う加奈子の背中を押してゴンドラの中に押し込むと、男はパタンと扉を閉めて手を振った。観覧車はゆっくりと昇っていく。藤色のワンピースの婦人は、夢の中で見たのと同じ女性だった。しかし、夢の中よりもずっと老けている。席にじっと座ったまま、老女もまた目を丸くして加奈子を見ていた。けれどもやがて静かに微笑むと、「やっと、あなたに渡せるわ」と言い、手の平ほどの大きさの、古びた羊のぬいぐるみを差し出した。人間のように二本足で立つ羊だ。
「ラベンダー・メリーちゃんよ」と、老女は言った。
「ラベンダー・メリー?」
「そう、」と老女は頷く。「そうよね。これじゃ、分かりにくいわよね。元はきれいなラベンダー色だったのだけど、ごめんなさいね、長く飾っているうちに、すっかり灰色に色あせてしまったわ」

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