高田さんと母が付き合っていない可能もあるが、その可能性は低い。高田さんが母と付き合っていなかったら、高田さんは雅美にあんな質問の仕方をしないはずだ。
(失礼ですが、歳は32歳ではないですか?)
ちなみに、高田健に結婚歴はないそうだ。
アトリエの一件から数日後、雅美が妊娠していることがわかった。妊娠3ヶ月。色々な事が起こりすぎ、ちょっと戸惑ったが、いよいよ母親か――と、嬉しさと共に、身が引き締まった。
母も和也さんも大喜びだ。
アトリエの一件の後、何となく母に気を使う雰囲気だったが、家族が増えるという嬉しいニュースがその流れを断ち切った。幸せが待つ未来が、3人の会話を弾ませ、これまでのような気の置けない雰囲気を取り戻していった。考えるべきは未来で、過去のことなど気にしても仕方ない――。
それとともに、雅美は、ついに伝統を継承する時がきたかと思う。そして、腹をくくり、編み物をスタートした。懸案の子供用手袋を修理し始めたのだ。
あたし、編み物好きじゃないんだけどな――、と最初は嫌々だったが、編み始めてみると、産まれてくる我が子への思いが募り、何か楽しい気分になった。
――おばあちゃん、お母さんもこういう想いだったのかな……。(重い)と思った伝統って、意味があるのかもしれない……。
家族が平常を取り戻して、1週間が経った頃、帰宅した和也さんが意を決したように聞いてきた。
「雅美は高田健のこと本当に確かめなくても良いのかい?」
雅美の妊娠で一旦棚上げ状態ではあるが、和也さんも心の奥底では気になっているようだった。
「……うん、気になるよ。でも、あたしももう子供じゃないし、幸いなことに、父に関して屈折した想いも特にない。なので、急ぐ必要はないと思ってるよ。それに、お母さんが何も言ってこないって事は、何か事情があるんだと思う。お母さんから何か言ってくるのを待つので良いかなと思ってる」
「そうか、雅美がそうなら、それで良い。実は、今日、高田健のアトリエの前を通ったんだ。営業に行く途中。まだ、個展をやっていたのだけど、お母さんがアトリエで、高田健と話してた」
「えっ……。よりが戻ったのかな……?」
「分からない。でも、2人で笑ってた。ガラス越しだったけど、悪い雰囲気ではなかったよ」
「そうか……」
母には母の人生があるし、あったはずだと、雅美は思う。お父さんがいなくて寂しかった事はあったけど、それ以上に愛されてきた。
――焦っても仕方ない。お母さんに任せよう……。
「あー、何とか出来たー」
編み物をスタートして約1か月。伝統の手袋の修理がやっと終わった。練習から始めたので、結構時間がかかっている。でも、やり遂げられて、雅美はホッとしていた。