まだ静かな商店街を雅美は全速力で駆け抜ける。雅美とは違い、まだ時間に余裕があると思われるサラリーマンたちをヒラリ、ヒラリとかわしながら。
――どうして、いつもこうなるかな……?
心の中で、自分に突っ込む。
社会人一年生の雅美にとって、朝はいつも修羅場だ。まだ、社会人に慣れてないせいもある。まず、目覚まし時計にセットした時間に起きられず、慣れない化粧とスーツに時間を奪われている。そのうちに、乗るべき電車に乗り遅れそうになる。その電車を逃すと間違いなく遅刻だ。なので、なんとしてもその電車に乗るために、高校陸上部で鍛えた足で、駅まで徒歩10分の道をダッシュする。ハイヒールを履きながらのダッシュはほとんど曲芸レベルの凄技だ。
この商店街を抜ければ駅。なんとか間に合った――、と商店街を飛び出したところで、天地が逆転した。
「あっ!」
雅美は豪快にすっ転んでいた。
「つぅ……」
何とか上半身を起こし、立ち上がろうとすると、右足に痛みが走り、「痛っ!」と叫びながら再び腰をついた。
右足首を摩りながら、捻挫したかな――、とちょっと暗い気持ちになる。
人々がざわざわと集まってきた。
――恥ずかしい……。
足さえ動けば、この場をいち早く立ち去りたい――と、顔を伏せた時、「大丈夫ですか?」という低く優しい声と共に、目の前に頼もしい手が現れた。
――えっ……。
雅美は顔を上げると、男性が心配げに手を差し出していた。自分よりちょっと年上ぐらいに見える。でも、とてもしっかりしている感じだ。
「あっ、ありがとうございます……」
雅美が思わず手を差し出すと、男は雅美の手をスッと掴み、小枝でも拾うかのように、いとも簡単に雅美を立たせた。
――男の人ってこんなに力があるの……。
男性の手の力強さと温もりを感じながら、男手のない家で育った雅美はちょっと驚いた。
立った瞬間、右足に痛みが走る。
「痛っ!」
男は雅美の声に反応し、スッと肩を貸してくれた。
結局その後、雅美は一人で歩けず、その男に近くの病院まで肩を貸して貰う羽目になった。
「原因は、右足のヒールがポキッて折れて、バランスを崩したってわけ。もう、災難だよ」
雅美はため息をつく。
行きつけの喫茶店で、母を前に、昨日の転倒事件を説明していた。