和也さんと、母は、高田健の作品を前に、さっきから2人であーでもない、こーでもないと、見入っている。高田健の話になると、雅美はいつも置いてきぼりだ。
――和也さんは、あたしの旦那だぞ……。
ちょっと嫉妬もするが、実家の母と仲が良い夫は貴重だ。
小さなギャラリーだったが、2時間びっちり鑑賞した。
雅美としては、長いよ――、というのが正直なところ。だが、高田健は2人の出会いのキューピットでもあるので、仕方ない。
2人が満足したので、帰ることになった。アトリエの入口に近づくと、1人の男が立っていた。出て行く客に挨拶をしている。
「あっ、高田健だ!」
冷静な和也さんが、珍しく声を上げる。
「……」
母は言葉を失っている。アイドルに会った少女のようだ。
そうなって困るが、失神しそうじゃない――と、ちょっと可笑しくなる。
高田健と挨拶する客の列に並ぶ。
いよいよ、高田健と挨拶をする段になると、待ちきれなかったとばかりに、「ほんと、素晴らしかったです!」と、和也さんが高田健の手を握った。
母は、伏し目がちだ。こんなしっとりした母も珍しい。
「今日は家族で来たんです。こちらが義理の母で、向こうにいるのが、私の妻です。お母さんも高田さんの作品が大好きで……」
和也さんがいつもとは別人のように饒舌に家族を紹介している。
その時、「順子さん……?」と、高田さんが、母の顔を覗き込む。
――母の名前だ……。
「えっ、お母さん、知り合い……?」
和也さんが仰天している。
「あっ、お久しぶり」と伏し目がちな母。あまり眼を合わせたくないように見える。
「……幸せな家庭を築かれたんですね」
高田さんは懐かしさと安心が綯交ぜとなった口ぶりで優しい表情をした。
「ええっ……」
母は妙にしおらしい。
「旦那様は?」
「……」
沈黙する母の代わりに、「結婚して直ぐに別れちゃったんです!」と、雅美は陽気に答えた。
――こういう重い話は笑い飛ばすに限る。
雅美の気遣いだった。