「実はこれも伝統。家族っていうのは、どんな時でも手を繋いで生きていくものなの。だから、寒い時でも、手と手を離さないようにって意味で手袋を編んで送るのよ。それにこの街は手芸の街だしね」
母さんにしては、良いこと言うな――、と思う。伝統って言っているから、おばあちゃんの受け売りだと思うけど――。
雅美の脳裏に、和也さんと出会った日が蘇った。
――手を繋ぐか……。あの時、和也さんの手は頼もしかったな……。
雅美は、あの転倒事件を思い出し、口元を一人微かに綻ばせる。今ではあの転倒事件を運命だと思っていた。
雅美の様子に、母が敏感に反応する。
「あんた、何、ぽぉーとしてんの?」
母のツッコミに雅美は我にかえる。
「夢見る乙女ですか?」と、母が笑いながら部屋を出て行く。
図星なことが、ちょっと悔しく、雅美は一人赤面した。
母が居なくなった部屋で、雅美はふと思う。
――伝統だったら、お母さんとお父さんはどうして手袋無くしちゃたの……?
結婚式が終わり、数ヶ月が過ぎた。やっと生活も落ち着いてきた頃、母と和也さんと3人で夕食を囲んでいると、和也さんが「お母さん、今度、デートしませんか?」といきなり大胆な事を言った。
「えっ、和也さん、何言ってるの?」
雅美は一瞬意味がわからず、戸惑う。
意地悪な母は、「あら、やだ。もちろんOKよ」と、年甲斐もない反応をする。
ハハッと笑いながら、「今度、高田健の個展があるんですけど、一緒に行きませんか。もちろん、雅美も」と和也さんは付け加えた。
最初からそう言いなさいよ――、と雅美は思う。
母は、「高田健の個展……」と何か虚空を見つめ、しんみりしている。突然ハイテンションではなくなった母に、「嫌……、ですか……?」と、和也さんが母の顔を見つめる。
我に返った母は、「嫌な訳ないわ。高田健の個展って事でちょっとグッときたのよ。うん、行きましょう!」と、テンションを取り戻す。
「そうですよね。高田健ですからね。グッときますよね」
和也さんは、高田健ハイだ。
その後はいつものように高田健話に花が咲いた。
「やっぱり、高田健は凄いですねー」
「ほんと、そうねー」