結局、その日は、母が「ご一緒しませんか?」と大橋さんを誘い、2人が熱烈に高田健に対する想いを語り合う場となった。雅美は只々二人の会話を聴いている置物状態だった。
その後、大橋さんとは、ちょくちょく喫茶店、街で会うようになった。お互いの家が近いのだから、当然な成り行きかもしれない。
熱烈に高橋建が好きという共通点もあり、最初に仲が良くなったのは、むしろ母と大橋さんだった。だが、いつも二人の高橋建話に付き合わされているうちに、雅美は、大橋さんの紳士的で優しい人柄に惹かれていった。大橋さんも雅美が気になっていったようで、雅美と大橋さんはいつしか恋に落ちた。
☆☆☆
結婚式の前日、実家で準備に追われていると、母が雅美の部屋にやってきた。
雅美と大橋さんが出会って7年。二人はついに結婚する事になったのだ。
母は、「はい、これ。結婚式のプレゼント」と小さな子供用の毛糸の手袋を差し出した。
突然のプレゼントに、「あっ、ありがとう……」と戸惑いつつ、雅美はそれを受け取った。三つ指ついて、これまでありがとうございました――、と言うタイミングかもと思ったが、結婚後もここに同居するので、あまりジメジメしたくない。
手袋は、母が好きな抽象画模様に見えたが、よく見ると、そういう訳でもなさそうだ。
「この手袋、おばあちゃんが、お母さんが生まれた時に編んでくれたの。そして、あんたが生まれた時に、綻びを新しい毛糸で編み直して、あんたが使ってたの。覚えてない?」
「うん、覚えてない……」
「まあ、小さかったから、覚えてなくても仕方ないけど。編み直しの時に、抽象画っぽく、オシャレにしたのよ」
――なるほど、編み直しの抽象画なのでいつもと違うのか……。
「でも、まだ赤ちゃん産まれる予定もないのに、気が早いね」
雅美は可笑しくなった。
「これは伝統。あんたが使った後、修理してないから、ちょっと綻んでるでしょ。あんなが自分の子の為に修理しなさい。 そして、代々受け継いでいくの。秘伝のタレみたいに継ぎ足し継ぎ足して」
「えっー、なんか重いなー」
母がケラケラと笑った。
「それと、はいこっちも」と、今度は2組の大人用の毛糸の手袋を母は差し出し、「これは、新品で、あんたたち用」と言った。
「あたし達のも編んでくれたんだ。ありがとう」
雅美は素直に嬉しかった。
「でも、お母さん、手袋好きだね。なんか理由があるの?」
母は、よくぞ聞いてくれましたと、大きく頷いた。