女の子の脇にしゃがむと、その絵を指差しながら、
「木がひっかかれて、痛そうでしょ。ガラスもひっかいたら、痛いと思うよ。」
女の子は、その花の絵を、じっと見ていた。
勝手口の扉にはめ込まれたすりガラスに、その小さな女の子は握った小石で、外側からガラスに、絵を描こうとしていたらしい。
さっき聞こえた鳥肌が立つような音は、女の子がガラスをひっかく音だったのだ。
すると、ともかが、
「この子、勝手口のガラスの向こうに、時々座ってるの。小さな影が映っててね。近くの子だと思うんだけど、戸を開けるといつも、逃げて行っちゃって。でも絵を描きたくなる気持ち、なんだか分かるのよね。どうしても描きたくなって、落ちていた針金で、私もこのトイレの扉に、花の絵をひっかいて描いたし、おばあちゃん家のいろんなところに、この子みたいに描いたもの。」
小さな女の子は、黙ってなみを見つめていた。
「紅茶、一緒に飲む?」
女の子は、こくんと頷いた。
「ともかさん、アッサムのミルクティー、この子も分もお願いします。あ、ウサギのスコーンも一緒に。」
「えっ、いいのなみさん。」
「一緒に、食べたくなったの。」
女の子は、なみと向かい合わせで座ると、足をぶらぶらとさせながら、大きな瞳でなみを見た。
にんまりとなみが微笑みながら、キッチンの方へ目をやると、客席との境にある衝立のすりガラス越しに、ともかの影が揺れていた。
壁には鏡でもあるのか、ともかが壁と向き合って、髪を整えているような横顔が、シルエットになって映っていた。
気付けばいつも、そんなしぐさをした後に、紅茶とスイーツをお盆にのせて、運んで来るともかがいた。
動いていたシルエットがゆっくりと止まると、ともかが笑顔でやって来た。
「お待たせしました。」
女の子となみが向き合って座る、ミシンテーブルの上には、ビクトリアケーキに紅茶とスコーンが、所狭しと並べられた。
カップに注がれて行く、アッサムティーのやさしい茶色を瞳に映しながら、小さな女の子は、瞬きを一つもせずに、食い入るようにして、それを見つめていた。
「さっ、食べようか?」
こくんと大きく、女の子は頷いた。
店の中では、客は二人だけだった。
カップがソーサーに置かれる時の音と、女の子が、スコーンを口いっぱいに頬張りながら、時折はにかんだように笑う声が、二人の会話になっていった。
女の子の両足は、ミシンの足踏み台までは届かない場所で、音もなく嬉しそうに、ぶらぶらと揺れていた。
「ごちそうさまでした。」
お金を支払いにレジ前に行くと、
「今日は、どうもありがとうございました。」
ともかが、小さく頭を下げた。
「こちらこそ楽しい時間を、ありがとうございました。」