「あの子は、たぶん近所の子だと思うから、私が送りますね。なみさん、またいらしてくださいね。」
そう言いながら笑顔で話すともかの肩越しに、キッチンの壁が見えた。
その壁の前は、ちょうど衝立のすりガラス越しに、ともかがいつも立つ場所だった。
てっきり壁には鏡が掛けられているのだと思っていたのに、その壁には何も掛かってはいなかった。
なみは、それを見てハッとした。
あのりんとした姿で、その温かい笑顔で紅茶を運ぶともかは、まるで想像の鏡の前で、自分自身と向き合っているように想えた。
なみは、そんなともかを、素敵だと思った。
街に残された、お婆ちゃんの日本家屋は、今ではその街に住む人や、遠くからやってくる人たちが、温かい紅茶と共に、かけがえのない時間を過ごす場所となった。
紅茶屋さんが育む音は、時代と共に生きて来た物たちがもつ音に、店に来る人たちがそれぞれの音を重ねて、きっとこれからも、育まれて行くのだろう。
そんな時間の一期一会を、大切にしようと心がける、すりガラス越しに見た、ともかの佇まい。
この店は、音で出来ている。
音なき音で、出来ている。
この店も、この街も。