譲られたであろう事にまた一つ敗北感を感じるも、逃げるが勝ちでそそくさと店先に顔を出す。
「おう。おばちゃん仕入れから戻ったか?」
「おるよ。」
奥を親指で示しながら側に寄る。
「…なんかあったんか?」
人の表情で何かを読み取る奴、楽やけど苦手やねんな…。
なんもないよと誤魔化す事も面倒臭かった。
「ろくでもない娘の行く末を嘆いてはるからとばっちり食うかも知らんけど、話あるんやったら入ったら?」
エプロンをむしり取り駆け出そうとする私の腕を掴んで大きく息をついた。
「ちょっと、出るか?」
そのまま掴まれた腕を引っ張られ、ここが痛い、あそこが痛いだの盛り上がってる声に見送られながら店を出た。
「ほれ。」
店から歩いて5分ほどのレトロ調の茶店。カウンターの保温機からおしぼりを慣れた手つきで取り出して私に渡す。
「アンタの店か?」
「ここら辺りはみんなもう俺のもんや。」
厭らしく笑ったつもりでも下品にならない整った顔に嫉妬を覚える。
幼馴染の距離感であったが、何故か一緒に遊んだ思い出がないこの子と近くなったのも駆け落ちの一件以降やった。
頼んでもないのに珈琲が差し出されマスターと目が合う。
「あ、ほうちゃんはホッピーの方が良かったか?」
口ひげを蓄えた上品な顔立ちの紳士におどけられても今は萎える。
「なんで、ホッピーやねん。」
自分には冗談は似合わない事を十分理解しているが、それでも目の前のレディの心をほぐす努力を怠らなかった自分に満足したかの笑顔で肩をすくめる。
男前は得やな…何気に二人の顔を見比べてみた。
「なんか…親子です。言われても不思議じゃないなー。」
「おぉ、案外そうかも知れんで。おばはん手当たり次第やったみたいやからなぁ。」
マスターとフフと目顔を交わす。
「オカンみたいな事言うてる。」
「ウチのおばはんの事嫌てるもんなぁ~。今回ので一層ちゃう?」
「アンタそんな軽い感じでエエの?謝りに来た時から思ってたけど、これってオカンが謝るんちゃうん?」
「何でおばちゃんが?」
どぶ川から浚ったもん見るみたいに心底汚い顔をして横目で睨めつける。
「いや…。アンタが謝ることじゃなかったんちゃうかな…って。」
それを聞いたたもっちゃんは下唇を際限まで突き出して、何やら考えこみ始めたがそれよりやな…と咳払い一つして
「お前、絵描かへんのか?」
と話をすり替えた。
「いや、描きたいねんけど…。」
唐突に…と思ったがわざわざ連れ出されてるって状況もあるしその問いがどう繋がっていくんかなっていう興味に負けて思わず本音が漏れた。
「まだ、引きずってんのか?」