多分普通の事をしてただけなんやろう、そのややこしい人は幸せやな。
そんなに恩を感じてもらって。
と思うと同時に、この目の前のおっちゃんのフーテンぶりがいかほどであったのか想像しそうになった自分を諫めた。
足突っ込むな、口挟むな、人さんのアレコレにかまってる体力は今の自分にはない。
「えー、ほんで?その新しいお父さんに気ぃ使ておっちゃんには顔出すな、って事かいな?」
ねぎらいのつもりでホッピーを注いでやろうとしたら、これもワシの楽しみや、て怒られた。
「そいつが癌らしいわ。」
「あら。」
「余命なんぼ程っちゅう話でな。」
「大変やな。ほんならそのお父さんに気兼ねなく晴れ姿を堪能してもらいたい、と。」
「旅行にも連れて行ってやりたかった、孫の顔を見せてやりたかった、こんな事が分ってたならもっと早くに種仕込んでたのに。」
わなわなと体が震えてくる。
視線の先は軽やかな色したホッピー。
しかし、きっと今おっちゃんに見えているのはさめざめと泣く娘ちゃんの姿。
「親父はワシじゃあぁぁ~!!!」
おっちゃんの慟哭が店内に響く。
「なんでやぁ、なんでホンマの親父にそんな話するんやぁ、しかも来るな言うてぇ、しおらしい泣いてぇ、なんでやぁ。」
ドポドポとホッピーを注いで煽る。
煽ってはまたホッピーをドポドポ注ぐ。
「なんでやぁ!ほうこ!!なんでやぁ!!」
「いや、それより薄ない?美味しい?」
いつも通り聞き流せば良かった、と後悔してると、他のおっちゃんらも同情して加勢してきた。
娘でもないのに四方八方のおっちゃんから攻められてウンザリした頃にオカンが帰って来た。
「なんや、今日はエライ賑やかやねぇ~。」
オカンに後光がさすほどの安堵感を覚えたのは初めてやった。
1秒だけやけど。
「アンタえらい人気もんやね。」
「…おかえり。」
仕入れてきた買物袋を受け取りそそくさと奥に引っ込む。