「おばちゃん、今の店スナックに建て替える気やったらしい。」
「は?そうなん?」
オトンの店やのに…その傲慢さにほとほと呆れる。
「お前とするつもりで。」
やろうな。あの、くそババア…。
「だからお前が早よ帰ってきて好都合やったんや。」
「そんなん、帰ってくるかどうか分からへん事やのに。」
「そんな状況やったらおばちゃんやったらどないする?」
もう…皆まで言うな…。
「どないかして呼び戻すでしょうね。」
舌を鳴らして私を指差す。
「今まで自由にさせたんや、言うやろな。でもそれをおっちゃんは断固阻止してて。」
私に興味ない顔してたのに。
「そやのにお前があんな状態で帰ってくるもんやからおっちゃん慌てとったで。コイツ戦力ならん!流されよる!言うて。」
知らんかった。
飯食えよ、しか言わんかった。
「そん時にな、おばちゃんが何しでかすか分からんからこれだけは守っといてって。」
今見て思い出した。
中学の卒業作品やわ。
絵の上手い子なんか山ほどおるし、こんな狭き道、金にもならん道、目指すのは時間の無駄や。
そんなオカンの言葉は流して、将来なんか興味ないふりしてただ描いとった。
それでも美術系の学校に決めたんはこれ描いてた時やった。
いつもオトンが夕方に店で冷やしたホッピーを居間に持って上がってきた。
店で飲んだらええのにって思いながら、私はデッサンの練習してた。
オトンは何を話すでもなく私のそんな姿を眺めながらウイスキーやらジンやらをホッピーで割って飲んでた。
ある時、すっごい夕陽が綺麗な日があって、部屋に差し込む陽射しが瓶に当たってオトンを照らしてた。
飲んで上機嫌なオトンの頬をますます上気させるように。
そしたらオトンが突然
「好きな理由を人に理解してもらう必要はない。好きなものは自分で守れ。」
言うて2本目を取りに降りってった。
突然なんや、とか思ったけど戻ってきたオトンがいつもと同じ顔でかえってさっきの綻んだ顔がじわじわと沁みてきて私泣いとった。
「大将はいつもえらいべた褒めしてたからなー。ワシらガサツな人間からえらい洒落たもん出てきよった、言うて。」
マスターが穏やかに笑う。
「気持ち悪いわ。…でも嬉しかってんなーやっぱり。実はオカンの言葉がうすく張り付いとって前に進めんかったんかも。」
たもっちゃんが伸びをする。そして、
「ええんちゃうかぁ~?シンプルで。」
言うてデッサンをトンと指で軽く突いた。
「止める気ないんやったら描けや。傷ついたまんま描き続けろや。」
なんか、しんどかったからアレコレ考える隙間ないと思っていたけど、そこ全部面倒臭い事で埋めてたんかもな…、傷口を凝視しながら。
「ほうちゃん…。相手の事まだ好きなん?」
マスターが控えめに問う。
たもっちゃんの目が少し厳しい。