興奮したおっちゃんの声が思わず大きくなりました。
「おっちゃん、シーッ」
私は慌てて人差し指を鼻の前で立てました。
「くれぐれも、ナースのお姉ちゃんたちに見つからんようにな」
「うん。わかってる」
私はベンチを立つと、ナップザックを背負いました。
「ほな、行ってくるわ」
私はおっちゃんの関西弁を真似しました。
「坊主」
背中から呼び止められました。
「お前、金、持っとんのか?」
私はピースサインをすると、駆け出しました。
あちこち自転車を走らせ、汗だくになりながら病院に引き返した私は、ホッピーとコーラの瓶をナップザックに忍ばせ、屋上へと急ぎました。
誰もいなくなった屋上の隅で、おっちゃんは煙草を吸っていました。
「どや、あったか?」
おっちゃんは煙草を灰皿に入れると、えずくような咳をしました。
「遅れて、ごめん」
私はホッピーとコーラの瓶をベンチに置きました。
「おっ、これや、これや」
「お酒は買ってないよ」
「これさえあれば大丈夫や。ホンマに坊主は優しいな。これから女にごっつモテるで」
「この前は、モテないって言ったくせに」
おっちゃんはホッピーの瓶をおもむろにつかむと、奥歯でホッピーの栓を開けました。そして、瓶を傾け喉に流し込みました。喉仏が生き物のように上下に動きました。
「ふーっ、生き返る。やっぱり、ホッピーは美味いのう」
口を拭ったおっちゃんは、しみじみと言いました。
「それじゃ、再開や」
おっちゃんはベンチに跨りましたが、コーラの瓶を持ったままの私を見ると、
「そういうときは、ベンチの角とか硬いところで開けるんや。貸してみ」
おっちゃんは器用に王冠を開けてくれました。泡が勢い良く吹き出してきて、私の足にかかり、二人で笑い合いました。
狐につままれるとは、きっとこういうことを言うのでしょう。その後の指し手は、本当に魔法のようでした。
勝ちを意識していた私が油断していたところもあったのでしょう。しかし、それだけではありません。魔法の黒い水を飲んだおっちゃんは、私の読みを超えた手を連発し、次第に局面を盛り返してきたのです。
盤を見つめるおっちゃんの眼差しには、以前の鋭さが甦っていました。
私は負けたくはないと思いました。コーラを口に含み、深呼吸をした私は気持ちを落ち着かせ手を進めました。
長い対局でした。優劣のわからない局面がしばらく続きました。私とおっちゃんは時間を忘れて盤上に没頭していました。
「これで、逆転やっ!」
おっちゃんが力強く角を打ち込みました。
「あっ!」