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『魔法の黒い水』曽我部敦史

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 あっという間に9月も下旬になり、風の中に涼しさが混じり始める頃でした。
 突然、おっちゃんが姿を消しました。重富酒店にも姿を見せなくなり、団地内で見かけることもなくなってしまったのです。
 私は重富酒店の店主におっちゃんの居所を尋ねました。ですが、店主の答えは意外なものでした。
「住所? 知らないよ。名前だって知らないんだから。飲んだくれて、どこかでぶっ倒れているんじゃないか」
 私は呆気にとられました。
「一応、客だから文句は言わなかったけど、ああ毎日来られたんじゃ、こっちが迷惑だったんだよ」
 いつも柔和な表情だった店主の顔は、能面のようにのっぺりとして見えました。
「だから角打ちなんて賛成できなかったのよ」
 やり取りを聞いていた店の奥さんが、店主に食ってかかりました。
「そもそも、駄菓子を売りたいっていったのはお前だろう」
「駄菓子は成功だったじゃないの。わたしは店で飲ませるのは反対だったの」
「ああそうか。それなら、いっそ駄菓子屋にでも鞍替えするか!」
 店主は声を荒げて駄菓子の棚を蹴飛ばしました。私は夫婦喧嘩が始まる前に店を退散しました。
 店主といい、この前の野次馬といい、大人はなんて冷たいのだろうと私は思いました。
 こうなったら、自力でおっちゃんを探し出すしかありません。ですが、名前も知らない男の行方など、誰に聞いてもわかるはずもありませんでした。
 頼りになるのは友達しかいません。
「いいよ。みんなで探しに行こうぜ!」
 かっくんやたーちゃんはおっちゃんの探索を快諾してくれました。私たちは団地内はもちろん、外に広がる雑木林にまで捜索の輪を広げました。
 結局、おっちゃんを見つけることができないまま、大会の日がやってきてしまいました。私は辞退しようかと何度も考えましたが、それはおっちゃんを裏切る気がして、出場することにしました。
 私はたったひとりで会場に向かいました。心細さで団地内の見慣れた公民館が知らない場所のように感じられました。受付には予想外に多くの人がいて、私はさらに不安な気持ちになりました。
 会場には、ぎっちりと長机とパイプ椅子が並べられていました。出場者の年齢は様々で、私と同じ小学生から、学ランを着た中高校生、大人や高齢者もいました。緊張していた私の目には、その全員が強敵に見えました。
 定刻になり、席に座ると私はナップザックからコーラを出しました。私はコーラを魔法の黒い水だと暗示をかけ、飲み干しました。
 結果は見事な全勝優勝でした。正直なところ、物足りませんでした。私の棋力はいつの間にか級位者を大きく上回っていたのです。
 とはいうものの、表彰式で賞状とメダルを受け取った私は、味わったことのない喜びが湧き上がってくるのを感じました。
 それまでの人生の中で、一番になったり表彰されたりすることが一度もなかった私にとって、将棋大会での優勝は大きな自信をつけてくれました。

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