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『魔法の黒い水』曽我部敦史

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 男は立ち上がると、冷蔵庫から勝手にグリーンの瓶を取り出し、私の胸に差し出しました。
 私はわざと大きなため息をつき、立ったまま一気に飲み干そうとしましたが、途中で炭酸にむせてしまいました。
「おまえ、ひとりでなにしてんねん」
 男は笑いながら、将棋盤に駒を並べ始めました。そして、大仰な手つきで自陣から飛車と角行を取り除いたのです。
「これで勝負や。もちろん、坊主が勝ったら、好きなだけ買うてやる」
 飛車と角行は将棋の中で一番強い駒です。それが始めから相手陣にはないのです。盤面を見て、さすがにこれなら勝てるだろうと思いました。しかも、たいした時間もかからずに。私はまんまと男の向かいに座ってしまったのでした。
 駒落ちには駒落ちの定跡というのが存在するのですが、当時の私がそれを知るはずもなく、あっという間に戦況を悪くしていきました。
 男は黒い飲み物を片手に、楽しそうに盤上を眺めていました。
「ねえ、僕にも飲ませてよ」
 すでに戦意を喪失しヤケクソ気味になっていた私は結露で汗をかいた瓶を指差しました。
「ん、なんや?」
「その、魔法の水を飲ませてよ」
「それはダメや。お前には十年早いわ」
 男はそう言うと、意地悪そうに喉を鳴らして飲むのでした。
 時間もかからず負けてしまったのは私の方でした。それこそ魔法に見えました。飛車と角のない相手に負けてしまったのですから。私は信じられない気持ちで、詰まされた自分の王様を見ていました。
「どうや、不思議やろ?」
 男の言葉に、私は黙ってうなずいていました。不思議な思いが先に立って、この前のような悔しさは湧きませんでした。それより、この手品の種を知りたくなったのでした。そのとき、私は将棋の魔法にかかったのかもしれません。
 翌日から、私は重富酒店で男と将棋を指すようになりました。男は毎回、勝負には関係なく、駄菓子を買ってくれました。私もすぐに打ち解け、いつの頃からか親しみを込め、男を『おっちゃん』と呼ぶようになりました。
 夏休みも終わりに近くなったある昼下がりのことです。私がいつものように重富酒店に向かうと、商店街のどん詰まりにある植え込みから男の怒号が聞こえてきました。私は少し離れたところから様子をうかがいました。
 男二人が倒れた誰かを足蹴にしていました。やられているのがおっちゃんだとわかり、私は背筋が凍りました。
 どうしよう?
 交番まで行くには時間がかかります。私は同じように遠巻きに見ている野次馬の大人たちに助けを求めようとしましたが、なぜか彼らは楽しそうに眺めているのです。私は薄気味悪さを感じ、ならば重富酒店の店主に助けてもらおうと思い、店に入ろうとしました。そのときです。
「おい、坊主! こっちやこっち!」

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