「そりゃそうだ。で少ししたら同じスタイルでうちの会社に来たからびっくりした。採用するのかと思ったけど、蹴ったらしいじゃん最終で」
「だって、翔がいる会社に入ってもいいことなさそうじゃん。奥さんの話耳にするかもしれないし、他の新入社員の子の教育担当になったら気になるし。それに・・・」
そこまで言って迷うと、それにきっと、と翔が代わりにつづけた。
「特にこれと言ってやりたいこともないし」
翔に言ったら幻滅されるんじゃないかと思っていたことを当てられて、どうでもよさそうな感じにまぁとしか返せない。
「だってさ。だってね、考えてみてよ。たとえば私がアイドルになりたいって言ったってもう10代じゃないし踊れないしそもそも顔がダメだと思うんだよね。じゃあ主婦になりたいとか言ったって相手が必要でしょ? それとも、ミュージシャンになりたいなんて言って叶うと思う? がんばれば叶うってなったとしても私はがんばりきれないよ」
「美夏は大人しくて、いろんなことが分かってるような顔してて、まぁ分かってるのかもしれないけど、他の子にあるような熱意ってないよね」
「そうなのかな。そもそもみんな熱意なのかな。なんかただ踊らされてるような気しかしないけど。でも、どうしてもこれがやりたいとかってないんだよね。なんでみんな見つかるんだろ」
あえて何か希望があるなら、翔とずっと居たいとかって話になってしまう気がしてくる。
「やりたいことが決まっててそれに向かってるなんてもしかしたらほとんど居ないのかもしれないよなぁ。俺らだって、じゃあなんで会社で働き続けてるんだって言ったって、正直これってないかもしれない。慣れてるから今更他に転職なんて面倒だし、評価が高いって言われたって、自分の満足度とは決して一致しないよ」
そっか、と言うと、翔がコップを渡してまたふとんをかぶった。コップからアルコールの強い匂いがして、枕元の音量とライトのつまみをいじってコップを近くに置いた。
ふとんにもぐると、翔の手が胸に伸びてきて、おでこを私の鼻先に近づけて時折上目遣いで私を見る。私たちはそのままキスをして、腕を背中に回した。部屋に一瞬の沈黙があって、Some say love、と囁くような歌が小さく流れ出した。
抱き合えるなら今はそれだけでいいんじゃないかと本気で思ってしまう。
「ただいま」
翔の匂いを流すのがもったいなくて、洗い流さないまま帰宅すると、いつも通りリビングから母親の声が届く。
「今日遅かったね。ごはん食べた?」
「うんちょっとだけ。食欲今ないから大丈夫かな」
人間の欲求はどれかが溢れたら他も埋まるのかもしれない、と思いながらバッグとコートを床に置いてソファに寝転んだ。
「コートくらい部屋で脱いで来なさいよー」
そう言いながら母親がそばに来てしゃがんでコートに手を伸ばす。
あ、と母親のびっくりするような声がそばで弾んで、目をやると、母が驚いた顔で私を見ていた。
「え、なに? なに?」