私がそう言ってやめると、翔は、あ、お父さんか、とさらっと言った。
「そうだよ。お母さんってさ、いや、別にお母さんを責めるつもりはさらさらないんだけど、ないんだけども、毎日仏壇にホッピー置くんだよ。お母さんは飲めないし、私は家では一切飲まないから瓶空けないのに毎日毎日新しいの置くの」
「そっか。仲良かったんだね」
「全然。言ったじゃん前に、外でずっと浮気してたって。しかもそれ葬儀の日に分かるとかエグくない?」
「うーん。その時お母さんは何て?」
「それが何も。2人も相手がいてさ、嗚咽漏らして罵倒し合って、まわりみんながあぁお父さんこの2人と浮気してたのかって引いてて。なのにお母さん何も。ただ淡々と葬儀して、親戚の人たちと集まっても何も言わなくて、サイボーグみたいで怖かったくらい」
「ふーん」
翔が焼酎の携帯用パックとホッピーを注いでいく。シューっと泡が立つ音が聞こえる。
「なんで翔はいつもこれなの?」
私が下着を付けながら言うと、少し間を置いて、あの時にこれ飲んでたから、と答えた。
「あの時って?」
「美夏にはじめて会ったとき」
ん?という顔をすると、翔は真面目な顔をしてベッドに戻ってきた。
「はじめて会ったとき覚えてる?」
「うん。会社説明会のとき。説明会の部屋で財布落としちゃって、電話かけてきてくれて会社近くのカフェで待ち合わせしたとき」
「そうなんだけど、俺はそのちょっと前に美夏を見てるんだよ」
「えっ! いつ?」
「あの説明会の日の2週間くらい前にね、近くの会社の説明会も行ってたでしょ?」
あの頃は確か、説明会のはしごをしたり選考の結果のメールが立て続いたりしていてあまり覚えていないけれど、向かいの大通りの会社に行ったときかもしれない、と思い出す。
「就活してるなぁ懐かしいなって思ったんだけど、黒いけどチェクが見える就活生らしくないバッグ持ってるし、それが俺の好きなブランドだったから気になったし、ネックレスも付けてるし、靴はヒールじゃないしで、就活生らしくしようとしてる反抗心むき出しの子だなぁって、そば歩きながら見てた」
「えーっ、そば歩いてたの?」
「歩いてたよ、何メールもずっと平行に」
「ぜんっぜん気づかなかった」