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『生きる意欲になり得るもの』ウダ・タマキ

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 看護師の言葉を信じられないまま向かったリハビリ室にあったのは、歩行訓練に励む伸樹さんの姿だった。額に汗を流し、肩で大きく呼吸をし、歯をくいしばって歩くその目は、これまでに見たことがない力に満ち溢れていた。その目は何かを見据えているように思えた。目には見えないが、伸樹さんの心を動かす確固たる何かを。

「もう一度、妻に会いたい。謝らないまま死ぬのは悔いが残る」
 伸樹さんは窓の外に散らつく雪を眺めながらこぼした。
「こんな情けない姿は見せたくない。ちゃんと自分の足で歩き、謝罪をしたい」
「応援します。ケアマネジャーとして、一人の男として。だから、頑張って下さい。必ず僕がその場を設けますから」
 伸樹さんは申し訳なさそうに、そして照れ臭そうに小さな笑みを浮かべた。

 彩乃さんは驚き、そして困惑した。
「そんな理由で頑張ってるなんて……母に何て伝えたら良いのでしょう、そもそも私も会ってないことになっているのに」
「お母さんは、会うことを拒みますかね」
「二人が会うということが想像つかないです。ただ、娘の勝手なわがままですが、二人とも歳が歳なので一度は会う機会があっても良いのではと最近になって思うようになっていました」
「わかりました。では、会って頂きましょう。どこかのタイミングで誰かが思い切らないと進まないですね」
 リハビリに励んだ伸樹さんは無事に退院した。退院から一ヶ月ほど経ち、状態が安定した頃に快気祝いと称して、伸樹さんを居酒屋へと誘った。決して多くないが、以前と比べる格段に口数は増えて表情にも変化が見られるようになった。
「居酒屋なんか久しぶりだ」
「誘っておきながら申し訳ないですが、飲み過ぎないようにして下さいね」
「もちろん」
「何にしますか」と伸樹さんにメニューを差し出したが、その答えはわかっていた。
「ホッピーで」
「やっぱりですね、じゃあ同じやつで」と、僕は笑った。
 僕たちは、ゆっくり料理とホッピーを味わった。水曜日ということもあって客は少なく、BGMで流れる八十年代の邦楽がしっかりと耳に届く。
「懐かしいですね」
「私は世代が違うから、ピンとこないですよ」と伸樹さんが笑った。言葉を交わし、そして笑う。当たり前のことを当たり前に行う喜びを僕は噛みしめた。
「もう一杯、いいですか」
「仕方ないですね、今日だけはいいですよ」
「つい、進んでしまいますね」
「本当にお好きなんですね、ホッピー。良い顔してます」
「もともと、妻が好きだったんです。それで私も好きになった」
「そうだったんですね」
「だから、最近またホッピーを飲むようになって、妻のことを考えます」
 僕は「なるほど」と続けてから、二度大きな咳払いをした。それを合図に半個室を仕切っていた和風のロールスクリーンがゆっくりと捲き上がる。伸樹さんがそちらの方に目を向ける。少しずつ明らかになる人物の姿。やがてスクリーンが完全に上がり、伸樹さんと姿を現した女性が目を合わせた。

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