「正直、最初は少し心配でした。若いケアマネさんで。本当に大丈夫かな、って」
印鑑を手に戻って来た彩乃さんが椅子に座る。
「やっぱり、そう思われてたんですね」
「今だから言えることですけどね。もちろん、とても感謝してます」
「良かったです」
僕は照れ臭さを押し殺しながら書類を一枚めくり、ベッド上の伸樹さんに目をやった。さっきまでテレビを観ていたが、すっかり眠ってしまっている。窓から入る淡い月明かりに、優しく包み込まれるように。
「ほどよく酔うと、ご機嫌に喋ってねぇ。で、疲れて眠ってしまうの。好きだったけど、もともとそんなに強くないから」
「大好きなホッピーを飲んで、ほろ酔いになって眠る。睡眠薬に頼るより、ずっと良いですよ。幸せなことです」
「田所さんのおかげです。印鑑、ここで良かったですね?」
「はい、お願いします」
彩乃さんは、トントンと小気味よく朱肉をつけ「はぁ」っと判子に息を吹きかけるとサービス利用票に捺印した。枠のちょうど中央、傾くことなく行儀よく印された『安永』の二文字が彩乃さんの几帳面な性格を表している。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとうございますね」
「いいえ、とんでもないです」
「明日は、母と三人でお出かけするんです」
「そうですか、良かったですね」
そう、それは心から本当に良かったと思えること。家族三人で何処へ行くのだろうかと、僕は想像して嬉しくなった。
そろそろ、桜の便りが届く季節だ。
今年の四月に安永さんの担当ケアマネジャーとなった。
「四年前に脳梗塞を患った七十四歳の父が、一月に転倒して左大腿骨を骨折、入院したのですが、その間に精神的に塞ぎ込んでしまい……よろしければお力添え頂けませんか」
実に簡潔かつ、明確な説明を携えて相談に来たのが娘の彩乃さんだった。
正直、少し苦手だった。いや、かなり苦手なタイプだ。感情を表出せず、要点だけをまとめて淡々と話を進める感じが。恐らく、何でもそつなくこなすタイプなのだろうけど、人間味が感じられなかった。苦手だからどうとか、仕事だから関係のないことなのだが……頭では理解しながら、感情が拒んでいた。
「介護保険の申請はされ……」
「入院中にして頂きました。なので、あとはケアマネジャーさんにサービス事業所の選定、プランの作成をして頂きたいと」