そう言って広げられたA4用紙には、現在の困り事、それを充足する為のサービス、その頻度などがきっちりとパソコンで記されていた。さっと目視しただけだが、読みやすく分かりやすい。
「わかりました、それでは……」
「ごめんなさい、詳細は全て書いてます。仕事がありますので、あとはそれをお読みになって連絡下さい」
「あ、あの……」
喋りながら腰を上げ始め、ちょうど「失礼します」の一言を発する時には、ドアを閉めながらお辞儀をしていた。
「失礼……します……」
僕が勤める事業所には、ケアマネジャーが四名在籍している。現時点での受け持ち件数を考えると、圧倒的に数の少ない僕が新規ケースを担うことは必然的だ。
僕は幼い頃から気が小さい。マイナス思考だ。少しでもミスなんかしたらクレームが……僕の頭の中は想定し得る様々なパターンのミスと、それを指摘する彩乃さんの冷淡な表情で支配された。
それにしても「サービス事業所の選定、プランの作成をして頂きたい」って、専門職を馬鹿にしてるのか!という言葉が喉元まで出てくるどころか、頭をよぎることすらなかった自分が情けない。
彩乃さんの父、安永伸樹さんは一人で暮らしている。伸樹さんは建築会社の社長をしていたそうだ。なるほど、閑静な住宅街にある大きな邸宅ということが納得できた。
彩乃さんは恐らくは四十代半ば頃だろう。ここ最近は毎晩訪問し、時々、泊まることもあるくらい献身的に介護をしている。未婚なのかそれとも既婚なのか、初回の訪問でそこまでは聞くことはできなかった。介護体制の状況把握のためには聞き取りが必要だが……なかなか躊躇われる質問だ。
伸樹さんは左半身に軽い麻痺があり、発語は問題ないが鬱傾向が強く口数は極めて少ない。いや、正しくは、ほとんど言葉らしい言葉を発しない。
「はじめまして、田所と申します」の挨拶に対しては表情を変えずに「ああ」と一言返しただけだった。
「すみませんね、遅い時間に。最近、仕事が忙しくてね」
壁に掛かる赤い時計に目をやると、時刻は既に二十時を回っていた。僕の就業時間は十八時までだが、彩乃さんと時間を合わせるにはこの時間帯しか無かったのだ。どうやら生命保険の営業をしているらしい。
「大丈夫です、仕方ないですよ」
「ありがとうございます」
「先日の用紙、拝見しました」
「とにかく、私が日中には来れないから、ヘルパーさんに安否確認をメインに掃除や買い物をお願いしたいのです」
「分かりました。時間帯に関しては調整致します」