「助かります」
「他に、何かお困りのことはありますか」
「今のところはそれくらいですかね。田所さんの専門的な視点から見ていかがですか」
「そうですね……とりあえず……」当然のことだった。介護の専門職に専門的な意見を求めることは当たり前の話だ。しかし、突然そう言われると、僕はうろたえ口ごもってしまった。
「まあ、また何かお気付きの点があればお願いしますね」
「はい……」
仕事で急いでいた昨日とは違い、彩乃さんの表情は柔らかく、口調も穏やかだった。しかし、最後には僕の不安を見透かされた気がした。こうゆう時に咄嗟にうまく返すことができない。悔やまれる初回訪問だった。
ヘルパーが週に三回訪問することで彩乃さんの負担と心配は軽減することができた。当の本人である伸樹さんは相変わらず心を開こうとはしない。訪問するたび、伸樹さんは僕の姿を確認すると目を伏せた。
「お父さんは、どんな社長さんだったんですか?顔の雰囲気から、すごく優しかったんだろうなってヘルパーさんと話をしています」
「よく怒鳴ってましたよ、従業員から煙たがられてたんじゃないですかね」
彩乃さんは、僕たちの抱くイメージと現実との相違にくすりと笑った。
「頑固で短気で。だから母も出ていったんです」
「そうなんですね……今、お母様はどちらに」
「隣町にいますよ。二人ともこの辺りの出身なので」
「お会いすることはあるんですか」
「別れてから会ったことは無いはずです。隣町でも意外と会わないみたいね」
「会いたいと思わないんですかね」
僕は少し立ち入った質問だったと、言ってから気が付いた。
「さぁ、どうでしょう。お互いそんな話はしないですから」
彩乃さんは母親に引き取られたそうだ。結婚を考えたことがなかった訳ではないが、母親を一人にして嫁ぐことが躊躇われ気付いた時には婚期を逃したと、笑って説明してくれた。それでも仕事にやりがいを感じ、年に何度か母親と旅行に行けるのは、独身だからこそできることで後悔はしてないそうだ。
「ここに来てるのは母には言ってないけど、折を見て話しておかないといけないと考えてます。いつ、緊急の事態が起こるかも分からないしね」
(いつか、ご両親が会えれば良いですね)
思わず口にしそうだった言葉を飲み込み、僕はそう心の中で呟いた。
「少し喋りすぎましたね、ごめんなさい」と、彩乃さんは謝ったが僕は嬉しかった。思い過ごしかも知れないが、僕のことを信頼し、歩み寄ってくれたように感じた。
介護サービスを利用して半年が過ぎた。伸樹さんは安定した状態が続いている。ただ、改善傾向も見られてはいない。そうなると、家族としてはこれから先のことを考え始めるのが当然だった。