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「最初の願いは、きっと叶いますよ。私だって、宝くじ、当たったんですから。保証します。保証しますよ。う、うふう」試験管のような見事な曲線の鼻水が、彼の鼻孔から顔を出した。それがポトリと落ちたのをきっかけに、彼は俯いてしくしくと泣き始めた。
「あの。奥さんには伝わったんだと思いますよ。それで微笑んだんですよきっと。愛してると言えなかったあなたがいじらしくて、可愛くて。だから、笑ったんですよ」
奥さんの言葉にとうとう堪えきれなくなって、眼から涙の粒がこぼれた。手の甲で顔を擦りながら私は、ありがとうございます、と枯れた声を出した。
目を赤くした奥さんが夫にハンカチを差し出すと、彼はそれで思い切り鼻をかんだ。悲鳴があがる。きゃあ、何するのちょっと。ちょっとやめて。鼻かむならティッシュにしなさいよ。それいいやつなのよっ。その慌てぶりがおかしくておかしくて、私は大笑いしてしまった。実に気持ちの良い笑いだった。今日は泣いたり笑ったり大忙しだな、なんて思って笑っているとそれが二人にも伝染し、私達は馬鹿みたいに声を上げて笑い合った。
やがて、彼はハンカチを丁寧に折り畳んでからふう、と息を吐いた。
「よし乾杯だ。乾杯しましょう」
さっぱりとした軽い口当たりで、ホッピーは私が記憶していたよりもずっとずっと美味しかった。胸がぽっと温まっているのは、アルコールのせいだけではないだろう。
私達はそれから自己紹介もせぬままに、色んな事を話した。というより、殆どが私の話を聞いてもらうばかりであった。随分と赤裸々な話をしたように思う。一人きりの生活が寂しくて仕方ない事や、外国人だらけのアルバイトの話、趣味も生きがいも持てない虚しさを、時々言葉に詰まりながら話す私に、うんうんと頷きながら時々は笑いも交えつつ、二人は聞き続けてくれた。会話が進むにつれ、ホッピーの空き瓶が次々とカウンターの上に並んでゆく。一本、また一本とそれが増える度に、心のつかえが取れていくような気がした。
「そうだわ」奥さんはリウマチのつらさについてひとしきり喋り終えると、思いついたように言った。
「私だけ、お願いしてなかったわ。すみません、ナカとソト、両方くださいな」
運ばれてきたグラスに、彼女はやはり手を打ち合わせてから口を開いた。私はてっきり、リウマチの回復を願うのだろうと思っていたが、そうではなかった。
「こっちで新しい呑み友達ができますよおに」そう言うとちらりと私の方を見て微笑んだ。
「そりゃいいや」夫もそのグラスを拝みだし、目を閉じて言った。
「遅れましたが、近藤と申します。実はこの街には越してきたばかりで知り合いがおらんのです。それで、ええと今日は日用品の買い出しなんぞしてきまして、この大荷物なのであります。よければこの街のことを色々と教えてください。お友達になりましょう。何卒、何卒宜しく」
奥さんはホッピーを注ぎ入れると、私にそのグラスを差し出した。