おまえたちが喋るようになって、どれくらい経つかな。
そんなことどうでもいいんだよ。それよりこいつのタレが俺のほっぺに付きそうだからよ、離してくれよ。甘ったるくてベタついて。冗談じゃねえや。
軟骨が言うのだ。
骨野郎はいつも文句ばっかりだよな。少し黙ってらんないのかよう、この堅物。唐変木。
つくねが言うのだ。
難儀やわあ。
切り干し大根が言うのだ。
そっと、軟骨串を手に取って一片を頬張る。コリコリとした咀嚼音に溶け入るように、その声は萎んでゆく。いいかあいつとは離して置くように。塩焼きのプライドってのがお……。
嚥下すると声は完全に途絶える。なるべくつくねとは距離をとるようにして、私は串を皿の上へ戻した。
そおそお。それでいいんだよ。
残りの軟骨が言うのだ。
一人酒の極みだ、と今では前向きに捉えることにしている。それにこのつまみ達、口は悪いがなかなかどうして気の良いヤツらなのだ。無論、私が生み出した幻聴なのだからいわば私自身のようなものなので、それも当然の話なのだろうが。
当然当然。当の然だよ。さ、頬張って。そら、頬張って。
つくねは噛むとほろほろとほどけ、甘辛いタレと混ざり合って私の口内に広がってゆく。すかさずビールを流しこむ。溜息が洩れる。
アルバイトを始めてからだから、ええと。
私が定年を迎えた年、それを見届けるようにして妻が逝った。ささくれ立った悲しみも、やがては凪ぐようにして静まってゆく。時の経つことの有り難みを、恐ろしさを、味気なさを感じながらどうにかして平静を取り戻すと、自分がその『時』を持て余していることにはたと気づいた。
月に一度様子を見にくる息子が目を見張るくらい、私は家事が得意だった。炊事洗濯掃除、妻の幻影を追うようにしてこなしていった。それらがひと段落すると、テレビを眺めたり新聞を読んだり、妻の遺影と目を合わせ物思いに耽ったり、半分眠っているような時間が訪れる。その、言ってしまえばしまりのない状態が一日を占める割合が日に日に増えていくにつれ、ジリジリと老いが忍び寄ってくるような心持ちになってきたのだ。生活に緩急をつけねば。ボケるにはまだ早い。急いでコンビニへ向かい求人誌を手に取ったものだった。