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そうして、電車で二駅バスで十分ほど行ったところにある食品工場で働き出した。ベルトコンベアに乗って流れてくる弁当の容器におかずを詰めていく仕事だ。唐揚げヒレカツコロッケ生姜焼き。淡々とした作業だったが、それでも私にとっては気分転換になった。
「お待たせしました。里芋煮です」
それからよね。
里芋が言うのだ。
それからよ。あなた一人で呑むようになったの。ほんとはね、職場の人を誘いたいんだけど、人見知りだし仏頂面してるから距離置かれちゃって。まあ殆どが日本語もままならない外国の方だしねえ。
難儀やねえ、と切り干し大根。
アルバイトにも大分慣れてきて、帰り道に居酒屋へふらっと入ってみたのだ。会社勤めの頃はひとり酒、しかも店で呑むなど考えたことも無かったのに、不思議なものだ。緊張して暖簾をくぐり、ビールとそら豆を頼んだ。久しぶりに呑むビールの旨かったこと。それでそら豆に手を伸ばした時に声が聞こえてきた。夏がきますね、とかなんとか言ったんだ。あの時は驚いたなあ。あれは二年、いや三年前か。場合によっては四年前かもしれない。
生ビールのお代わりを頼もうとすると、威勢の良い「いらっしゃいませ」の掛け声に迎えられて中年の男女が店に入って来た。夫婦のようだった。二人とも両手に紙袋を持ち、私が座るカウンター席の右隣によっこら、と腰を下ろした。
「疲れたなあ今日は」小太りの夫は荷物を床に置くと、おしぼりでゴシゴシと顔を拭った。
「一通り買い出しできたわね。ああお腹空いた」店員を探すふりをしてちらりと見やると、奥さんは中々品のある佇まいをしていた。ベージュのセーターの襟元に付いた赤い花飾りが目に鮮やかだ。ニコニコとメニューを眺める柔らかな雰囲気が、どことなく妻を思い出させる。
「おっ。ホッピーがあるぞ。すみません、ホッピー二つ。白ね」
ちょっと、あたしのまで勝手に決めないでちょうだいよ。いいじゃないか、呑むだろホッピー。まあ呑みますけど。わはは。ふふふ。
結構結構。仲睦まじき中年夫婦。微笑ましいじゃないか。微笑ましくて懐かしく、そして……。
羨ましいのさ、と宣うつくねをまた一粒頬張る。ビールを頼みたいのに隣の会話が妙に気になり、私はじっとして耳をそばだてた。
「おまじない、しないとね」
「もちろんだよ。その為にホッピーにしたんだ」
「なんだか久しぶりじゃない」
「引退してから外で呑む事も減ったからなあ」
引退と言う言葉にどきりとする。この男も定年を迎えているのだろうか。それにしては私より幾分若く見える。いや、若々しいといった方が適当か。ところでおまじない、とは何の事だろう。