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店員が夫婦のそばへやって来て、盆に載せたものを次々とカウンターの上へ移していく。お通しの切り干し大根。焼酎と氷の入ったグラスには黒いマドラーが刺さっている。そして茶色いホッピーの瓶。
ありがとう、と店員に礼を言ってから、夫は身じろぎして姿勢を整えた。背筋を伸ばし、真剣な表情で息を吐いてから柏手を打った。ぱん、ぱん。
「この街での生活が、良きものになりますよおに」そうしてホッピーをグラスに注ぎ始めた。
奥さんの方は黙っていたが、どこか嬉しそうな表情で自分のホッピーを作っていた。
「乾杯」夫は背筋を伸ばしたまま仰ぐような格好でグラスを傾けそれを呑みだした。目を閉じ、ごくりごくりと音が聞こえてきそうなほどに喉を隆起させた後、深く伸び伸びとしたため息を吐きながら、既に中身が半分ほどになってしまったグラスをゆっくりと置いた。「ああ。涙が出る」
徹頭徹尾どこか儀礼的なその様子に私の目は釘付けとなった。彼の向こうにいる奥さんと目が合いそうになったので慌てて顔を背ける。
なんて旨そうなんだろう。私もホッピーにしてみようかな。しかし今頼んだら真似をしたと思われるに違いない。もう少し時間を置くとするか。そんなことを考えながら切り干し大根をすすった。難儀や、と聞こえた。
それにしても、あの願掛けは一体なんだ。今はああするのが流行りなのだろうか。そう言えばホッピーって長いこと呑んでないものなあ。いいじゃないか、酒に願いを込めてそれをグビグビと呑んでしまうなんて。縁起も良さそうだ。
あなたなら、と里芋が言う。
あなたなら、なにを願うの。
そうだな、なんだろうな……。思いを巡らしていると、皆が口々に好き勝手言い始めた。
腰痛が治りますように、ってのはどうだ。腰より肩の方がいいんじゃないの。いや最近は足もやばいぞ。難儀やわあ。じゃあ全身治りますように、はどうだい。それはなんだか強欲な気がするな。難儀よお。最近、妙に咳をしてるよな。痰がからむのよ年だから。もう若くないんだから。願い事もパッと思いつかないくらい耄碌しちゃって。難儀。爺さんだね。爺さん爺さんお爺さん。
うるさいんだよ。
お爺さんお爺さんと繰り返す、小憎たらしいつくねを私は睨みつけた。最後の一粒が串に残っている。ようし、お前は全身に七味をまぶして食ってやるかな。
串から外そうとつくねを割り箸で挟んでも、抵抗するかの如くそれはびくともしないので、私は串の持ち手の部分を割り箸で挟み込み、力を込めて思い切りスライドさせた。
さいなら、と聞こえた。
つくねは勢い余って串から飛び出し、コロコロとカウンターの上を転がり、タレの轍を描きながら隣にいる夫の左肘へぶつかった。
「すみませんっ」私が急に立ち上がったので、彼はこちらを見た。キョトンとした眼差しはカウンターの上に乗せた自身の左肘の方へ向かう。