「えっ? てっきりあのあと、遠距離恋愛中の彼氏と夜景をたっぷり満喫したのかと思っていたのに、違うの?」
「何それ、適当な妄想しないでよね」
舞香は頬を膨らませてから、少し神妙な面持ちでいった。
「ひとりで実家方面を眺めていたの。といっても、横浜の南に位置する藤沢市ってところでね、くっきり見えるわけじゃないんだけど、出張に来るたびに立ち寄っているんだ」
「ふーん、そうなんだあ。でも、同じ神奈川県内なら、出張の帰りに直接戻ればいいじゃない」
変わらぬペースでおいしそうにホッピーを飲みながら軽快に話す舞香に、ミキは思わず口を挟んだ。
「まあ、そうなんだけど、結構複雑でね。小学生の頃に母親が病気で死んだあと、しばらくして父が再婚したの。それで、年の離れた腹違いの弟と妹ができて、私がずっと二人の世話をしてきたんだ。でもって、彼らが大きくなり始めたら、急に私の居場所がないように感じちゃって、わざわざ関東から離れた大学に入ったのよ」
舞香はまるで他人事のように、壮絶な生い立ちをすらすらと語った。ただ、どこか遠くを見るような彼女の空ろな瞳が、少し寂しげに揺れている。
「でもまあ、継母も親切ないい人だったし、私が勝手にのけ者にされているって思っていただけなのかなあって。ようやく最近、そんな風に思えるようになってきたんだ」
そこでミキの真剣な表情に気づいたのか、舞香はばつが悪そうに舌を出してみせた。
「あっ、ごめん。なんかしんみりした話しちゃったね」
「ううん。実はさ、私も昨日夜景を見ながら、同じようなこと考えていたの」
ミキはホッピーを一口飲んで、静かに話し続けた。
「きらめく市街地の灯りを見ていたら、家族と一緒に過ごした子どもの頃のことを急に思い出しちゃって。両親が離婚していてね、高校卒業と同時に実家を出たっきりなんだ、わたし。でね、昨日ふと思ったの。忙しさを理由にこれまで家族の問題を直視することを避けていただけなのかなって」
そこまで一気に話して、ミキははっと息をのんだ。元彼にも会社の人にも誰にも言えなかった苦い生い立ちを、知らない土地で見ず知らずの相手にあっさり話していることが、自分でも信じられなかった。あるいは、全然知らない相手だからこそ、腹を割って話せることもあるのかもしれない。
時おり頷きながら熱心に耳を傾けていた舞香は、黙ってジョッキを引き寄せると、何杯目かの焼酎割りをつくってくれた。まろやかなホッピーをじっくり味わいながら、心の奥に長年突き刺さったままの棘が、ほろりと抜け落ちていくような気がした。
しばらくお互い黙って酒を飲み交わしたあと、舞香が静かに口を開いた。
「あと一回スカイガーデンに行ったら、実家に帰ってみるつもりなの。自分の中での決意っていうか、賭けみたいなものでね、十回行ったら帰ろうって決めていたんだ」
少し照れながら話す舞香の顔に、昨日初めて見たときと同じ柔らかい微笑みがすっと浮かんだ。それから、空の焼酎ボトルを振りながら、露骨に悔しそうな声で叫んだ。
「あー、もう終わっちゃった。今度また一緒に飲もうね」
「うん、そうしよう」