「じゃあ、今夜七時に横浜駅西口で待ち合わせしましょう。念のため、これ。何かあったら連絡ください」
いつの間にか、山盛りのサラダに加えて、デザートのマンゴープリンまで空になっている。椅子から腰を半分浮かせて、「また、あとで」と右手を挙げると、女はそそくさと喫茶店から出て行ってしまった。甲高いヒールの音がゆっくり遠ざかっていく。
差し出された名刺をちらりと見やれば、大手電機メーカーの社名の下に、『第二営業部主任 本田舞香』と印字されていた。社交的でいかにも営業って感じの雰囲気だったなあと、妙に納得しながら、ミキは氷がとけて味の薄くなったアイスコーヒーを啜った。
「私もそろそろ行こうかな」
舞香が必死に営業回りをしている間、のんびり横浜観光を楽しんだ。まず中華街をぷらぷら散歩して、顔ほどの大きさがある肉まんを片手に山下公園まで歩いた。そして、横浜発祥のサンマーメンを啜って、横浜港を訪れた。
にぎやかな観光客たちに交じって、手を繋いではしゃぐ親子連れに何度となくすれ違った。微笑ましい光景を間近に見るたび、幼い頃に父に肩車をしてもらったことや、家族でサイクリングをしたことがありありと思い出される。
「はあー、ちょっぴり懐かしいな」
一面に広がる青い海を眺めてから、十分お腹を空かせて横浜駅まで戻ってきた。待ち合わせ時間より数分早く着いたときには既に舞香は先に来ていて、西口交番前で退屈そうに突っ立っていた。
「お仕事、おつかれさま」
「どうも。ずいぶんすっきりした顔ね。ばっちり楽しめた?」
「ええ、とっても」
お互いに一日の出来事を報告し合いながら、二人並んで路地裏の大衆酒場へ向かった。
赤提灯のぶらさがったお店の引き戸を開けると、正面のカウンターにお酒が隙間なく並んでいた。茶色いホッピーの瓶もある。壁には手書きのメニューがずらりと貼られていて、ここなら美味しい料理を堪能できるはずだと、直感が走った。
「ふうー、かんぱーい!」
奥の掘り炬燵に腰をおろして、歩き疲れた足を伸ばすと、巨大なジョッキをガチンと合わせた。ほぼ同じ速度で、並々と注がれたホッピーをゴクゴク飲んでいく。朝、舞香と同席したときに小柄な割によく食べるなと感心してしまったのだが、飲みっぷりも目を見張るものがあった。
ホッピーで乾いた喉を心地よく潤したところで、舞香が慣れた手つきでホッピーの焼酎割りをつくってくれた。一緒にチビチビ飲みながら、豪勢な牛鍋に舌鼓を打っていく。
他愛もない世間話で盛りあがり、大分お腹が満たされたころ、舞香が突然身を乗り出していった。
「ところで、昨日の夜、スカイガーデンで物憂げにぼけーっと佇んでいたけど、いったい何を考えていたの?」
「まあ、新しい彼氏が欲しいなとか、どこかに出会いないかなあとか、いろいろよ。どうせ一人で夜景を見るなんて、何て寂しい女だとか思ったんじゃないの?」
ミキが曖昧にはぐらかすと、舞香はわざとらしく口を尖らせて怒ってみせる。
「やめてよー、そしたら、私も寂しい女になっちゃうじゃない」