通りの向こうから来る人とすれ違う度に、そのでっかいの邪魔なんだけどって迷惑そうに避けて通っている人に、いちいちすみませんって小さくなろうとしている。そこが好ましかった。
なぜだか、わたしのちいさな部屋で彼、酒木寛はゴーヤチャンプルーを作っていた。島豆腐ならこんなことしないんだけどって、前置きしてキッチンペーパーに包んだもめん豆腐をレンジで水抜きして、水分を抜くと焦げ目がつきやすくなって美味しくなるんだっていいながら、キッチンに立っている。
料理はおいしかった。子供の頃、はじめて食べた時のあの青臭さと苦みが、苦手でしぶしぶ食べていたのに大きくなってから好きになったって話をしたら彼がのって来た。
亡くなったお父さんが沖縄の人だったらしい。
「故郷を訪れることはあんまりなかったみたいだけど、ゴーヤだけは思い入れあったみたいで愛してたな、親父」
屈託のなかった瞳にすこしだけ影がさして、わたしはまだ月夜の下で彼を見ているみたいな気持ちになった。
「おとなになって、ゴーヤブームが到来したとき思ったよりも苦くなかった苦瓜たべてなんか、肩透かしくらったみたいだった」
それってさぁってカンちゃんが言葉をつなげた。
「あんなに広かった運動場がいざ訪れてみると、こんなにちいさかったとか、あんなに見たかった絵が、本物を目にした途端思い描いていたトーンの色じゃないとかって、がっかりしたり。あんなに好きだったのにねぇ、どこでどうぼ
くはまちがった感情で日々をすごしてるんだっていうのに似てるね」
って一気にしゃべると「しずるさぁんといると喋りすぎてこわいから」って言って、立ち上がった。「ほな、帰ります」
「こちらこそ、おいしい料理をありがとう」
ちいさいワンルームだから、すぐ玄関に辿り着くのにわたしは酒木寛さん、わたしの中では通称カンちゃんを少し引き留めたいような気分にかられながら、そこをゆるゆる歩いた。
カンちゃんの歩幅は広かった。玄関に立つカンちゃんが何かをいいたそうになっていたので、なに? って顔で見上げると「さっきの話さ、だからそういうなんともいえない感覚を味わったみたいでかなしいっていうよりも、どっか
に忘れ物してきたような妙な感覚がするねん」
関西のニュアンスの語尾でつけたした。わたしは話がうまくつかまえられなくてわからない? って無言で訴えたらカンちゃんにふわっと笑みがひろがって、「しずるさぁん? キッチンにゴーヤの種あろうて置いておきましたから、植えたってください」
「種?」
「種」
間があったあと、玄関の靴箱の上においたあったホッピーをみて、「ほんまは一緒に呑みたかったんですけど、これ」ってホッピーを指さす。
「親父のね、遺品のひとつでね。それがなんか、封をあけられないっていうか、ほんまにケチくさくてごめんなさい。あけてしまったら、あんなしょうもないことばっかしてた親父やけど、ほんまにおらんようになるみたいででけへんのです」