でこぼこのみどりの突起をなるべく傷つけないようにしながらナイフを入れると、まんなかには綿に包まれた、種がびっしり。
「ゴーヤの種おいておきましたから植えたってください」
カンちゃんとはじめて会った時彼は、玄関口でそういった。
育ての母のマチ子さんが沖縄暮らしをしていたせいか、小さなころの食卓にはいつも、ゴーヤ料理が並んでいた。偶然デパ地下で、でっこぼこのゴーヤに手を伸ばそうとした時、同じものを選んでいた男の人と指が触れた。
「すみません。どうぞ」
がっさがさの声の人、それがカンちゃんだった。
肌はマチ子さんがいつも使っていた椅子の背と同じ色ぐらいに日焼けしていて、屈託なさそうに眼が笑っていた。
ふつうはそこでおしまいなのだけれど。同じゴーヤに手を触れたとき、ふいに瓢箪から駒っぽく、カンちゃんが話しかけてきた。
「沖縄の方? だってこのゴーヤの中からいちばんすてきなのを選ぶからさぁ~」
からさぁ~のさぁが、よくマチ子さんが言っていた口調に似ていた。
「いや、なんとなく、です」
って言ったわたしをふたたび屈託なく見る。でもわたしのほうはあんまり視線はあわさずに、いた。
「なーんや、じゃ。俺はこいつにしとくからそれ譲ります」
なんかわからないけれど、すごくがっかりさせたわたし? って気になって顔を見たら、彼はただただ真顔でカゴにゴーヤを備え付けのビニール袋に入れてる最中だった。なぜか右手には、ホッピーと書かれた箱を持っていた。
去ってゆく彼の背中をすこし目で追う。
次の日。同僚の桐野にその話をしたら口に含んでた<午後の紅茶>を思い切り、書類にぶちまけた。
「岸本さ、そんな苦瓜が取り持つ縁なんてえーまじ? 信じてんの?」
「だから、そういうちょこっと出会いがありましたっていう軽い報告。取り持ってもいないしさ」
「岸本さ、将来、お前がひとりでさ、観葉植物に水やりながらさ、下手したら観葉植物にだって名前つけて飼い猫と会話してる絵が、リアルに浮かぶもん」
桐野のだべりを聞いてないふりしてたら「もう、つっこめよ!」って大きな声を出す。いつもそうだ。だからわざとシカトする。
「だってさ、そういう人いたよ。昔大学の頃同じマンションに住んでた人で。でもなんかゆったり幸せそうだったもん。桐野のそういう物差しがうっとうしいし、かつ存在がむかつく」
「ばっか。そんなホッピーマンに恋しやがって、それも苦瓜でデパ地下だよ」