いや、あまり無事でないから、この神社にやって来た。
彼女はドラッグストアで勤務をしているのだが、今日はよく分からないお客さんが多かった。
ポイント倍デーの大混雑で、大声を出されるくらいならまだ慣れたものだが、延々と『連絡先教えて。ゴハン行こう』とナンパをしてくるおじさんには辟易した。店長に対応をしてもらったが、また来るかもしれないと思うと気分が悪い。
こんな時には、神社にお参りし、まとわりついてしまった澱のようなものを払ってもらおうと思うと、やって来た。
随分と日が暮れるのが早くなった。
薄暗い神社には誰もいない。
家に帰ったって誰もいないから、どこに行っても同じことかとイセヤは思った。
お腹も空いてきた。
本殿に一礼をして、踵を返した。
帰宅の途中、酒屋が目に入った。
普段、あまり飲酒はしないのだが、今日は飲みたい気分だった。
「いらっしゃいませー」
店に入ると少し片言な掛け声が聞こえた。
ニコニコと笑顔を浮かべた若い男性店員が『ホッピー』と書かれた黄色いケースを運んでいる。
二十歳ぐらいの時に、だいぶ年上の彼氏と居酒屋に行った時に、彼が美味しそうに飲んでいた。
あの彼は今頃何をしているのだろうか。
彼の娘だって中学生くらいになるのだろう。
「どうしました?」
エプロンに「ピワ」と書かれた名札を付けた店員がホッピーのケースを置いた。
「あ、すみません。久しぶりにホッピー見たなって思って」
「お好きですか? ホッピー」
「いや、私は飲んだことなくて」
「え、そうなんですか」
ピワは目を丸くした。
その素直な反応が可愛いらしくて、イセヤは笑ってしまった。
「僕、北京から来たんですけど、日本で初めてホッピー知りました。飲まないのはもったいないですよ。はい、本当です」
「じゃあ、一本下さい。飲んでみます」
「ありがとうございます。冷えている方がオススメです。冷蔵庫にあります」
「ところで、ホッピーってそのままでも良いんですか?」
ピワは腕を組んだ。
「少しお酒入ってます。でも、焼酎と飲むのが、えっと、あれです。あれ、い? あれ、いっぱい的?」
「一般的?」
「はい! ありがとうございます! 僕も今日、お家で飲みます」
イセヤは再び笑った。笑って一日を終えることができそうで良かった。
「ありがとうございました! 毎度」
「はーい」