ホシカワは、京王多摩川駅に列車が着いた。
いつもの電車で、いつもの時間に着いて、いつもと同じ右から二番目のIC専用の改札を通過して、会社に向かう。
それが日常。
ただ足取りは、普段と違った。重かった。
昨日、同棲していた彼女が出て行った。
「何か違うかなって」
そう彼女に告げられた。
自分には彼女しかいないと思っていたし、年齢もあって、将来を意識して、同棲も始めたのだが、独りよがりだった。
いきなり梯子を外されたものだから、混乱して、昨日は眠れなかった。
これが土曜日であったら、翌日も休みで、一日沈むこともできたのだが、日曜日の夜に言われたものだから、赤い目をこすって会社に向かっている。
彼女は、ホシカワが仕事をしている間に引越しを済ませるらしい。
手際が良いなと思った。
十分ほど歩くと、大きく赤い字で『HOPPY since1948』と抜かれた大きな緑色のテントが見えてきた。
ホシカワの勤めるホッピー工場である。
入社以来、真面目に勤務をし、会社に愛着もある。それに、世界で唯一「ホッピー 」を作っているという誇りもあった。
だが、ここまでうち沈んで出勤をするのは初めてであった。
緑のテントの下に積み上げられたホッピーケースの黄色が眩しい。
先輩や同僚へ、残りカスの元気を絞って挨拶をし、ロッカーで作業服に着替えていると後輩が声をかけてきた。
「おはようございます。なんか元気ないっすね。大丈夫っすか?」
「ありがとう。大丈夫だよ」
実は昨日、彼女のフラれたんだよ。とは言えなかった。
「先輩、今日も頑張りましょうよ。世界にホッピーを届けるためと俺たちの夜の一杯のために」
後輩が力を込めて言ったのが、何故か面白くてホシカワは笑った。
「そうだな」
もう一度、ホシカワは口角を上げるとキャップを被って、ラインへと向かった。
今日もホッピーが出来上がる。
ツアミは、鍵を回して、エンジンをかけた。