「今日も、安全運転で、よろしくお願いします」
「はい」
そう返事をすると、ツアミはホシカワの目が赤いことに気が付いた。
「大丈夫ですか?」
ツアミは自分の目を指差した。
ホシカワは笑った。
「すみません。心配かけちゃって。大丈夫です」
「なら良いけどさ」
「今日の一杯を楽しみに頑張ります」
ツアミは満面の笑みで親指を立て、窓を閉めた。
クラクションを一度鳴らして、ホピトラを出発させる。
今日もホピトラの調子は上々だ。
自分の気分も上々だ。
そして、自分が運んだホッピーを飲んでくれた人も上々になってくれれば嬉しいと思いながら、ツアミはアクセルを踏み込んだ。
ピワは、顎を震わせながらウォークイン冷蔵庫から出てきた。
少し前までは、冷蔵庫の中は涼しくて気持ち良かったが、今は寒い。
故郷の北京にいた時は、このくらいの寒さはへっちゃらだったのに、もはや自分の体は日本の環境に順応したのかなと思う。
『順応』なんて、日本に来た時には理解できなかった言葉だなと一人で笑った。
「ピワ君、もうちょっとでホピトラ来るから、それ終わったら昼飯にしよう」
「はい」
ピワがアルバイトとして勤める酒屋の店主から声をかけられた。
日本にはCGアニメーションを学びにやって来て、今はその手の専門学校に通っている。
飲食店であれば、賄いがあってお得に食事が出来る事は聞いていたが、ピワはこの酒屋を選んだ。
その時は、言葉に自信がなくて、接客には抵抗があった。一方、酒屋で求められているのは力仕事が出来る人物だったので、人に会わずに済むという理由が一つ。そして、別に大きな理由がある。店の前を通った時に、先ほど店主が言っていた『ホピトラ』が止まっていた。そのトラックの側面に書かれた文字『HOPPY』が『HAPPY』に見え、何だか幸運が訪れそうな気がしたからだ。
働き始めて『ハッピー』ではなく『ホッピー』であることを知って肩透かしを食ってしまったが、店主にその話を告げると、ホッピーを初めて飲ませてもらった。
不思議な味だった。
ビールとも違うし、缶チューハイとも違っている。
でも、なぜか故郷を思い出す味だった。
北京でも売っているのかは分からないし、お酒が好きな両親も知らないだろう。
しかし、両親の顔が浮かんだ。