「私は一生懸命日本語覚えたから、いつでも、いつでも、たくさんの日本人と会話ができます。facebookの友達の書き込みも楽しみですし、LINEでも日本人の友達何人もいます。日本語下手かもしれませんが、みんな聞いてくれます。間違っていたら教えてくれます。だから伝わります。日本人は、日本語しか喋ることができないのに、さらにお酒がないと上手に会話できません。可愛そう」
「別に上手に会話できないわけじゃないでしょ。その場の空気っていうかな、雰囲気悪くしないように言葉を選んでるだけ。でも確かに仕事をしていると、オンオフの切り替えが上手くできなかったり、押し付けばかりで教えることは下手な人が多いかもね」
「そういうことです!」と言って、ここが重要だとい言わんばかりに人差し指を大きく振る。「やっぱり服部さんもお酒を飲んだ方が喋りやすいですか?」
「多分ね」と僕は少し笑う。
「だから、いろんなお酒を飲みますか?」
「いいや、僕はいつもビールしか飲まないよ。でも、もうすぐ僕も三十歳になるし、焼酎とか飲むようになりたいけど……、焼酎のことは全然興味が沸かない」そう言って、ジョッキにホッピーを注ぎ足す。「例えばね、乾杯のときはビールを飲んで、その後は店員さんに小さな声で、ワインのメニューありますか? とかお願いして、メニューを指さしながら、何とかの何年モノを……、なんてオーダーして、目の前の女性にワインの薀蓄のひとつでも言えればカッコいいんだろうけど。でもいつもビールでいいやって思っちゃう。楽だからね。でもいい加減卒業したい」
「ほらね」とジャスミンは得意げに言う。「服部さんも、お酒を飲むといろいろお喋りしてくれます。普段は仕事のことしか教えてくれないのに」と言って、いたずらをした子どものような笑顔を見せた。「今日は私にホッピーも教えてくれましたしね」と言って彼女は自分のジョッキを手に取る。壁一面にあるポスターの女の子のように。
「女の子に、ホッピーの飲み方教えるとか、カッコよくないよ」と僕は照れ隠しのつもりで言う。「昭和っぽいし、おじさんくさいし」
「ショウワ? 平成の前のやつですか? 私そういうのわかりません。私にとっては全部新しいです。全部興味あります。全部楽しいです」と言いながら、ジョッキのまわりの水滴を拭う。
「でもホッピーは、どっちかというとマイナーなお酒だよ」
「嫌いってことですか?」
「違う。嫌いじゃない」
「今私とホッピーを飲んでいて、楽しいですか?」
「もちろん」
「じゃあ、モーマンタイです。今、私と服部さんが楽しいか、楽しくないか。ちゃんとコミュニケーションが取れているか、取れていないか。それが大事です」言葉を区切りながら、身振り手振りで説明する。「私は今日、ホッピーというお酒を新しく覚えました。とてもハッピーです。早く他の友人にも、ホッピーって知ってる? 美味しいよ! って教えてあげたいです」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
「さっきも言いました、言葉の話も一緒です。今世界でnativeとして一番多くの人が使っている言語は中国語です。香港人が使っている広東語は、中国語の方言みたいなもので、広東語を使う人は世界的にはすごく少ないです。多分、服部さんの言うマイナーってことだと思います。でもマイナーだからって嫌だと思う人も、カッコ悪いと思う人もいません。楽しくお喋りできることが大事です、ちゃんとコミュニケーションが取れることが大事と思います。服部さんが広東語も覚えてくれたら、覚えようと頑張ってくれたら、私達もっといろんな話ができると思うし、きっととっても幸せです」