「ごめん、美海とは終わりにしたい」
たった一言のメッセージだ。
「ラインでさよならって馬鹿にするな!」
すぐに電話をした。もう20コールくらい鳴っている。切ろうかどうしようかと迷っていると、出た。慎吾は余計なことは何も言わなかった。ただ「好きな人ができた」と言った。ストレートで正直な言葉になぜか反撃できなかった。
部屋の隅にホッピーが転がっている。焼酎にホッピーを注いだ。ふられて、捨てられて一人で飲むやけ酒だった。
翌日は土曜日だった。昼近くまで寝ていた。焼酎の瓶とホッピーの空き瓶が転がっている。まるでおっさんの部屋だ。美海はのそのそと起き上がると小さなキッチンの冷蔵庫を開けた。トミ祖母ちゃんの柿が入っている。
柿の皮をむいて口に入れた。渋が抜けて絶妙の甘さになっている。こんな美味しい柿は初めてだった。
トミ祖母ちゃんの息子ってどんな人だろうと考えた。来ると必ずホッピーを2本分飲んでいくという。2時間ぐらいは居たのだろうか? レンタル孫にお金を払うくらいだ。本物の孫は寄り付かないのかもしれない。
リュックの中にノートが入っていた。トミ祖母ちゃんが入れたものらしい。
ノートには柿の渋の抜き方、肉じゃがのつくり方、美味しい煮魚のつくり方など美しい文字で書かれていた。トミ祖母ちゃんのレシピだ。
昨日ご近所の主婦が言っていた「お気の毒に」「明日?」という言葉がふと頭をよぎった。トミ祖母ちゃんの家に行ってみよう。柿の実はまだ半分以上木に残されたままだ。明るいうちに残りの柿を取ってあげようと思った。
いつものようにチャイムを鳴らし「ただいま」と声を掛けた。トミ祖母ちゃんが出てきた。
「なんだあんたか、もう契約は終わったよ」
そっけなく言うと奥へ入っていった。庭から騒がしい音がする。
庭で掘削機が動いていた。トミ祖母ちゃんが丹精を込めて手入れした花々が踏みつぶされ、柿の木は切り倒されていた。オレンジ色の実が地面に転がっている。掘削機が柿の木の根っ子を掘り起こし始めた。祖母ちゃんは仏壇の前に座りお経を唱え続けている。
「何するんですか!」と美海が叫んだ。
「危ないから出て行け!」とどこからか現れた男が言った。先日玄関で見かけたサラリーマン風の男だ。
この家は息子の作った借金の形に入っていた。立ち退きを迫られていたのだ。
トミ祖母ちゃんが抵抗して居座っているので庭から潰しにかかっているのだと、男が迷惑そうに言った。
掘削機が柿の根を掘り起こし庭の隅に運んでいく。地面に落ちているオレンジ色の実を容赦なく潰していった。
トミ祖母ちゃんは息子の用意したアパートに引っ越すことになっていた。引っ越しの準備は何もできていなかった。「手伝う」と美海が言う。
「契約切れだ金は払わん」相変わらず憎まれ口をきく。持っていきたいものは何一つないと言った。写真や思い出の品はすべて燃やしてしまったのだという。風呂敷を広げて位牌とお祖父さんの写真だけを包んだ。美海はトミの着替えを段ボールに詰めていった。
台所にホッピーが置いてある。
「これ持って行こうよ、息子さんが来た時のために」美海がいうと、トミは今まで見せたことがない表情をした。
「息子は来ない。ホッピーは私が栓を開けて捨てていた」