「5、4、3、2、1、0!」
美海はバックをさっとつかみ立ち上がると「お先に」と叫びながら猛ダッシュで部屋を出ていった。周りの社員たちが時計を見る。ジャスト6時だ。
「いつもながら、見事ですね」
「残業が禁止とはいえ、時計のような退社」
社員たちの呆れ顔を背中に感じながらも、バイト先へと急いだ。気にしている暇などないのだ。この時間に社を出なければ6:30には着かないからだ。1分でも遅刻をすると罰金千円をバイト料から引かれる。それでも時給の高いこのバイトは辞められなかった。
6:26分、息を切らしながら相馬と書かれた家の玄関でチャイムを押す。
「間に合った!」
美海は玄関ドアを開け中に入っていく。
「ただいまー、おばあちゃん!」
相馬トミが満面の笑顔で出てくる。
「おかえり」
美海は「レンタル孫」を始めて1ヶ月になる。「平日の退社後に祖母の家で夕食を共にする」のが仕事だ。「お祖母ちゃん大好きな孫」と言う設定でレンタル派遣されている。
だがそれももうすぐ終わる。やっと解放されるのだ。終わったら慎吾と一緒に住むために、新しいアパートに引っ越すことになっている。
「わー今日肉じゃが?」
トミが嬉しそうな顔をする。美海が好きだから作ったんだよといそいそと食事の用意を進める。美海も手伝い孫と祖母の家庭的な食事が始まるのだ。
「お祖母ちゃんの肉じゃが、美味しいんだよね」
美海は思っていた。確かにトミ祖母ちゃんの肉じゃがは美味しい。でも肉じゃがや煮魚ばかりでは飽きる。ときどきはステーキ肉とかチーズたっぷりの料理も食べたい。でもそんなことは決して言ってはいけないのだ。「お祖母ちゃんの作る料理が好きで、毎日急いで会社から帰ってくる」設定なのだから。
「夕飯が済んだら、柿の実をとっておくれ」
トミ祖母ちゃんがいとも簡単に言う。