庭に立派な柿の木がある。今年は特に出来が良いようだ。柿はトミ祖母ちゃんが渋抜きをして毎年ご近所に配っているのだという。
「いやいやいや、もう暗くなっているし」
美海はさすがに尻込みした。夜しか居ないのだから夜とるしかないだろとトミも譲らない。
「我慢我慢、あと1週間」
美海はおまじないを唱えた。わがままなトミの相手はストレスがたまる。何とか乗り切るためにこのおまじないは必須なのだ。しかも「お祖母ちゃん大好き」を演じなければならない。
台所の隅にホッピーがケースで置いてある。1週間に一度来る息子のために用意してある。毎回焼酎と一緒にホッピー2本分を飲んで帰っていくという。
美海はふと「息子は柿取りをしてくれないのだろうか」と思った。
庭に脚立が用意された。木登りなんて子どものころ以来だ。柿の木の下でトミが嬉々として籠と一緒に待っている。
「夜の木登りかぁ」と気分が滅入る。だが登ってみると意外に気持ちがよかった。
「ほら、そこにたんとある」
木の下で懐中電灯を照らしているトミが声をかける。
全部取ることはできなかったが籠いっぱいにはなった。
柿は洗って蔕を焼酎に浸け大きくて丈夫なビニール袋の中に入れられた。1週間から10日ぐらいで食べられるようになるという。なんとなく楽しみになってきた。柿は大好きだ。だが食べごろにはトミとの契約は切れる。
「おまえさんの最後の日に、間に合せてやったんだよ」
トミがちょっとだけ恩着せがましく言った。
次の日いつものようにダッシュで退社して相馬家に行くと、玄関からトミ祖母ちゃんの怒鳴り声が聞こえてくる。
「二度と来るな!」
サラリーマン風の2人組が玄関から出てきた。2人とも渋い顔をしている。
玄関前で美海とすれ違った。2人はちらっと美海を見るが表情を変えることなく無言で帰って行った。
「ただいま~ぁ!」
元気よく玄関を入った。敲きに塩が散らばっている。祖母ちゃんが撒いたに違いない。トミの名を呼ぶが返事がない。いつもは夕飯の匂いと一緒に奥から出てくるのだが、今日はその匂いもなかった。
居間に行くとトミ祖母ちゃんが仏壇の前に座っていた。後ろから声を掛けても返事をしなかった。深追いして聞いてはいけないことなのだと感じた。美海は偽の孫なのだから。
時間を持て余していた美海がテレビをつける。トミが立ち上がり美海に声を掛けた。
「なんだ、いたのかい?」