よく見るとみゃーこさんはまだお酒に口をつけていなかった。そういうのを見ながら私は、律儀だなあ、とぼんやり思った。
「そうですか」
「うん、そうみたい」
「みたいって」
笑うと、みゃーこさんも安心したように笑った。
「あのね、わんちゃんに恋人になってほしいとは言わない。でも、今まで通り一緒に過ごしてほしい。海を眺めて、おしゃべりして、お菓子を食べて」
「お菓子を食べてるのは、みゃーこさんだけでしたけど」
「うそ!たまにわんちゃんにもあげてたじゃん」
みゃーこさんはそこで初めてお酒に口をつけた。私たちは海沿いを歩いた。ストレートで飲むホッピーは炭酸ジュースのようにも思えたが、ほんのりお酒の味がして、そのいじらしい感じがみゃーこさんみたいだと思った。
「私、初めてこの街に来た時、すごく怖かったんです。また誰かに気を遣ったり、人の視線に怯えて過ごさなくちゃいけなくなったらどうしようって。世界中どこを探しても、落ち着ける場所が見つからなかったらって。本当に怖かった」
「うそ、そうだったの?」
「はい。それで、びくびくしながらここに来たら、みゃーこさんがいて、毎日どうでもいい話をしてくるんです。昨日テレビでみた俳優、髪型がうちのお父さんみたいだったとか、近所に住んでる犬がおバカで毎日電柱に吠えてるとか」
私が言うと、みゃーこさんは「そんなどーでもいい話、したっけ?」と笑った。
「でも私、本当に嬉しかった。だから私たち、まだあそこにいましょうよ。いつまで居られるかはわからないし、むしろもしかしたら、しわしわのおばあちゃんになるまで居るかもしれない。でも、私みゃーこさんとあそこに居たいです。それだけじゃダメですか?」
私が言うと、みゃーこさんはしばらく黙った後、すん、と鼻を鳴らしながら、
「ダメじゃない」
と小さく言った。
顔を上げたみゃーこさんの顔が涙でぐしゃぐしゃに濡れて不細工だったので私は笑った。みゃーこさんも笑っていた。それだけでじゅうぶんな気がした。
みゃーこさんが空になったホッピーの瓶に、そっと息を吹きかける。すると、ぼぉーっ、と船の汽笛のような音が鳴って夜の港に静かに響いた。
私は返事をするように、ぼぉーっ、と瓶に息を吹きかけた。ほんのりとお酒の匂いがした。